西原眞衣四万十町議会議員への問責決議撤回と、謝罪とを
17名の四万十町議会議員に対して、要求する。
西原議員の名誉回復のために!

我々町民との選挙公約を誠実に守り、
合法的に財政改善調査を遂行した義人を罪人に仕立て上げるな!

財政破綻から我々を救うかもしれない『西原レポート』を勉強しよう!
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1. 四万十町立美術館からの電話
2. 四万十町立美術館 辻本明文館長よ、俺の寄贈作品「薔薇のピラミッド」を返せ!
3. 館長の来廊
4. 二回目の館長と副館長の来廊
5. 黒人ボクサーの孤独
6. 未明のメール
7. 二十一世紀は女の時代、個人の確立の時代
8. 西原レポートとは何か!
9. 土佐の草の根の女捜査官3億円暴露事件
10. 暴かれる闇、あの闇融資事件の高知県側の弁護士、行田博文(こうだ ひろふみ)弁護士の出現
11. 味方か? 特定秘密保護法に反対する岩崎淳司(いわさき じゅんじ)弁護士の出現
12. 図書館の虫の翻訳家の腹の虫と、芸術家の腹の虫は同じ虫
13. みなさ〜ん! 重大事件です! 重大スクープです!
14. 市長の退職金は20円
15. ツイッター始めました!
16. 西原眞衣町会議員と小保方晴子博士とのシンクロニシティ
17. 辻本明文館長と森山典将副館長が三度目の来廊で謝罪、個展フライヤーの件は解決!
18. 西原眞衣四万十町議会議員への問責決議撤回と、謝罪とを17名の四万十町議会議員に対して、要求する。
  西原議員の名誉回復のために!我々町民との選挙公約を誠実に守り、合法的に財政改善調査を遂行した
  義人を罪人に仕立て上げるな! 財政破綻から我々を救うかもしれない『西原レポート』を勉強しよう!

19. 共闘へは、相互理解と摺り合わせが必要です・・・の翻訳家からのメール
20. 地方自治体が財政破綻すれば実際にどうなるのか・・・夕張市の場合
21. 現在の夕張市を基準にして四万十町を妄想する

22. <公開質問状1>と共闘の必要条件からの未来展望
23. シールズ登場?  
24. 四万十町負債271億円を2040年までに0にしたボケ陶芸家町長
25. 井戸塀 
26. 四万十町と磁極反転とISとTPP  
27. アラーの怒り  
28. 号外です!  
29. 世界恐慌か?顕正新聞からの抜粋  
最終章. もう、おまえの乗る舟ではない!  <西暦2016年2月10日 13:30 更新!>
1. 四万十町立美術館からの電話  

西暦2016年1月9日(土)午前11時頃

「四万十町立図書館ですが規定が変わって、武吉さんの今回の個展案内状を置くスペースが一杯になってきており、高知県立図書館と同じように個人のものは置きません。」と電話があった。
妻は「分かりました。」と言って一旦電話を切った。

開墾作業中の私はそれを聞いて唖然とした。「美術館に持っていったわけで、図書館に持っていったつもりはないし、規定というのは法令だから該当部分だけでいいからコピーしてもらってファックスで送ってもらって。」と泥だらけの安全靴を脱ぐのが大変なので妻に頼んだ。
その後、作業を続けていると、遠く離れた開墾作業中の竹薮の中まで妻の怒鳴り声が聞こえて来たので私は「何事かと」すっ飛んでいった。妻が怒ることは無い、まずよっぽどのことである。結婚以来26年間で2度目である。一大事である。

電話は終わっていたが、カンカンで顔は真っ赤、まだ怒っていた。
「四万十町生涯教育課課長の辻本明文というひとが四万十町立美術館館長と四万十町立図書館館長を兼任していて、辻本明文さんの名前で開いた会議できまりました、書いたものはありません。」と副館長の森山典将さんに言われた。

私、なにかものすごく叱咤の思いが沸き上がり、思わず、「武吉廣和はフランスのマルモッタン美術館の館長さんを始めプロはみんな認める世界的陶芸家だ、個人ではない!奥四万十博もある、地元にこんなすごい本物がいるのに勉強不足!辻本明文館長にここへ作品を見に来るように!ギャラリー龍窯を12年も経営している私武吉貴子がご招待します。」と怒鳴ったの・・・と言った。
私はびっくりポンで拍手喝采である。私は良い妻を持った。
そもそも、いかに予算不足とはいえ、役場の職員としてのキャリアの延長上に美術館館長としての任務を期待するのは無理だし、まあはっきり言って真逆の職域である。

そもそも高知県は「文化果つる土佐」と言われ「酒にゃ強いが文化にゃ弱い」という風土である。
美術館など夢のまた夢であった。
芸大を卒業してもプロの芸術家として生きてゆける民度の高い土地ではなく、学校の先生として安定した収入で制作を続け、定年退職した後にプロの画家や彫刻家になるか、飛べるだけ飛んで、途中で空中分解するか、野たれ死にするかという選択肢しか無い土地である。
私は30歳半ばで確実に野たれ死ぬという道を選んだ、そして、岐路に立てば、確実に死ぬという道をあえて選んだ。
「わしは今までずっとお前を見て来たが、お前が今生きちゅうことが信じられん。」という言葉を何人もの人から言われ続けたが、私にも意外な結果であり、ニューギニア戦線の3千人に1人という確率で辛くも生還した父と同じく、ただただ、めぐりあわせが良かったとしか言いようがない。

高知県にはじめて美術館が出来たのは久礼美術館(現中土佐町立美術館)で1989年6月、矢井賀出身の大阪の実業家、町田菊一氏の全面的寄贈による。
町田氏は1982年、私の土佐の陶土による自然釉の初窯の代表作等々を買い上げてくださった恩人でもある。

次は1993年11月開館の高知県立美術館である。設計段階から私に6点の照明陶の依頼があった、設計図を見ながら、たった一度の窯焚きで館長室、能楽堂、玄関ホール等に設置する6点をとるために1年の制作期間を要した。

3番目は1994年に開館した土佐山田町立美術館(現香美市立美術館)である。ここでは2004年に妻、武吉貴子が全責任と全経費を負担して、国際「ありがとうマンダラ」コンクールを開催させて頂いた。
大成功に導き、共催してくださった有能な北泰子館長にはいまだに感謝している。あれだけの館長はなかなか居ない。

4番目は2000年10月に開館した窪川町立美術館(2006年の合併で四万十町立美術館)で中沢竹太郎氏の油彩の御遺族からの膨大な代表作寄贈が美術館建設の原動力になったと思っている。
壷の画家といわれた中沢竹太郎氏には大壺を買って頂き、御自宅に招いて頂き古陶磁と書画のコレクションの鑑定を依頼された他、日本陶磁協会理事だった小松正衞氏(当時文芸春秋社相談役)を紹介して頂き、小松氏は「陶説」に評論を書いてくださった。本当に良くして頂いた。

西暦2000年8月のホテル松葉川温泉での「武吉廣和巨匠展」に当時の前田哲生窪川町長が来られて「窪川町立美術館設立のために作品を寄贈してもらえないか。」と言われ、妻が「窪川町文化発展のために、ぜひ寄贈させてください。」と快諾して個展案内状に使用していた「代表作のピラミッド」を寄贈することになった。
2000年10月18日の「窪川町立美術館の開館式」には県立美術館の鍵岡正謹館長が出席され、「図書館との併設美術館という特色を発揮して子供たちとの教育とからめて機能すると素晴らしい可能性が開けるのではないか。」というような内容のスピーチをされたように思う。私も前田町長から感謝状を頂いた、このようなことは柄にないのでいつも避けている。

高知県立美術館は開館から10年以上、市民、アーティスト、一般ギャラリーからの展覧会案内状を置くスペースを設けてほしいという要望に冷淡としか思えなかったが、美術館離れが深刻になった2002年を経て、2005年頃から若い地元作家の育成と地域文化振興を大切に思う若い学芸員たちが積極的に動いてくれて、今では気持ち良く持って行ける。
これは今では日本中当たり前の現象。

世界的にパソコンとスマホ、印刷テクノロジー、と印刷媒体の価格競争で、全くアートの世界は変容している。
今回の四万十町立美術館の「書き物のない規定という謎の法律」は高知県での市民、アーティスト、ギャラリーの20数年の努力をわやにする。
図書館のフライヤーコーナーしか現在無いのなら美術館としてのフライヤーコーナーを設置すればいい、祖末なスペースでいい、稚魚の集まる小さな魚礁のようなものでいい、つくれば集まってくる。

私はグラフィックデザイナーの才能は芸術家として対等以上だと思っているし、個展フライヤーも芸術作品と思って本気でプロに制作を依頼して、世界一になるように、もの数をこなして研いでいる、フライヤーコーナーといえども立派なギャラリーである。開館以来15年間変わらない四万十町立美術館の展覧会案内状は受け取るたびに町民として本当に悲しくなる、恥ずかしいので誰にも見せない、なんでこんな異様なことがいつまでも続くのだろう。

今の日本は、私も含めて国民の6割以上が本も買えない貧困層である、どの町もシャッター街になり、本屋もつぎつぎとつぶれてゆくほどの経済恐慌という困難な今の時代・・・市民それぞれが生き延びるための情報を入手出来、さらに学んだ創造的で有益な情報をユニティとして発信するハブのひとつになるという重要なミッションが、我々の税金で運営する公共美術館と公共図書館にもあると思う。
ネットで横断検索できる蔵書目録も無く、それを何処よりもいちはやくやろうとする勇猛果敢な司書もおらず、このまま美術品管理の専門的学芸員も居ず、館長といえる資質を疑わざるを得ない人材はしっかり居る、という惨状では若い移住希望者も希望と魅力を感じないだろう。

その街の文化程度はその街の図書館と美術館を覗けば分かる、脳みそを覗くようなものだ、スポンジのようなのもある。
アンテナの立っている有能な移住者は将来の人生がかかっているので真剣な「町村のウインドウショッピング」というものを実行している、まさに町村の戦国時代である。
私は標高300メートルの穀倉地帯ゆえに風上直線60キロの伊方原発再稼働さえなければ四万十町の未来は明るいと言って宣伝しつつ、浮きながらもここで38年間暮らしている。
事実、年収40万円で寝袋生活をしながらも無制限の仕事を続け、2001年に世界で最初に自然釉の体系的完成という目的を達成出来た、これは日本陶芸界の悲願であった、これもまさにここ四万十町の地の利ゆえである。

このような文化振興に背を向けるやる気の無い美術館に命がけで焼いた作品を寄贈したのではない!
辻本明文 四万十町立美術館館長よ、私の作品を返せ!

役場が休み続きなので、もう思う様書くことになった。 西暦2016年1月9日、記ス 。

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2. 四万十町立美術館 辻本明文館長よ、俺の寄贈作品「薔薇のピラミッド」を返せ!

西暦2016年1月10日(日)

今朝方夢を見た、今回の初春展はオカルトがテーマだから多少おかしな夢も書く。

私は船に乗って海を渡っていた。
大きさは大型フェリー程度で、私は通路の木の椅子に妻と腰掛けていた。
前の立派な船室には大きな獏がいて左右にスライドして揺れるドアの隙間からそれが見えた。
港に停泊したので下船すると、そこは巨大なエメラルドグリーンの美しい河の河口の入り江で、一面なだらかな岩の河口側に高さ50メートルもある巨大な奇岩がそびえ、なんとラクダそっくりであった。
そのラクダを見下ろす眺望のいい高い高い山稜上に3人の検札係がいて通過、長い長い回廊を歩いているとき一緒に降りてスタスタ並んで歩く前館長のような白ひげの老人に、はるか下の河口のラクダと船を見下ろしながら「いったいここは何処ですか?」と聞いたら「和歌山のヒヨコです」と教えてくれた。 わたしは「どうみてもヒヨコではなくラクダでしょう」と言った。
そこで引き返して検札係に、「間違えて下船したのでもう一度乗せてくれ。」と言ったら真ん中の検札係は「一旦出たからには乗せない」両側の2人は「いいじゃないか乗せてやれ」ともみあいになった。
そのとき「もうお前の乗る船ではない。」と、雲の上のほうからいつもの声がした。
それで目が覚め、起きて顔を洗った、明け方の三時半で、そのままこれを書いている。
制作に集中すると夢で作品の完成画像が鮮明に見える、今の地球上の技法でつくれないものも多い。

アンディ・ウォーホールの最初の仕事は靴の会社のデザインの仕事だった。
彼は母子家庭で貧しく、毎日、毎日、キャンベルのスープの缶詰ばかりを食べて育った、それが有名な作品になっている。
飛び込みで入った会社で人事担当の女性に自分の絵を見せようとバッグからスケッチブックを取り出して開くとなんとゴキブリが出て来た、そのときは本当に恥ずかしかったと後に述懐している。
その女性は彼の才能を見抜き、採用、アンディ・ウォーホールの快進撃が始まる。
こういう担当者の素養と資質のようなものが美術館の館長には必須である。
素養というのは「一瞬で、ものごとの本質を見抜くこと」である。人間の教育とは素養を身に付けるという一点に尽きる。

中内知事は窪川に原発を建設しようとした。原発反対で当選した町長が原発推進に変節、激しい反対闘争でリコールを成立させ、負けて負けて最後にチェルノブイリ原発が爆発して立ち消えた。
次の橋本大二郎前高知県知事は任期中脱原発を誠実に実行した。中内知事の義弟の橋井昭六社長以後の高知新聞社は橋本知事を徹底的に攻撃し落選させ尾崎正直知事が生まれた。
3.11でチェルノブイリ以上の福島原発事故が起きた。皆が窪川はよく反対してくれたと感謝の言葉を言ってくれた、当時原発推進派の議員だった人物も謝罪してくれた。
しかしその後も続く。
尾崎知事が露骨に攻撃して落選した田中全 前 四万十市長は「脱原発をめざす首長会議」の提唱者で、高瀬満伸 前四万十町長は「脱原発をめざす首長会議」のメンバーだった。
尾崎知事は否定しているが四期目に六ヶ所村のような施設を県西部に計画しているという噂もある。
中尾博憲 新四万十町長は私の知るかぎり窪川原発闘争の時代、藤戸町長の原発推進本部に居た(当時の役場職員は皆そうだが)と思う。選挙で裏で押した可能性のある四万十町の自民党 佐竹みちお県会議員は高知県民の伊方原発再稼働反対の署名嘆願書を愛媛県知事に渡さず「隣の県のことだから」と言って握りつぶした人物である、そして引退。

伊方再稼働という今のタイミングでは、今回の四万十町立美術館(今までは脱原発と九条の会の人物が四万十町立美術館館長と図書館館長を努めてきた)での「記録のない規定の変更」という小さな出来事は、原発に反対する人間を美術館と図書館から排除して活動させない為の最初の法律、それも黒塗りせざるをえない・・・代物を作ったと判断せざるを得ない。
これが今、NHKと同じように日本中の美術館や図書館のような公共施設にまでも波及しているということまで思考範囲に入れないといけなくなってきた。
私は窪川原発闘争真っ最中の1985年頃、城西館の奥座敷で町田菊一氏からの「中内知事に紹介する」という電話で中内知事と原発の超偉い人に会った際の陶芸歓談半ば「原発についてどう思いますか?」と聞かれ、「原発には絶対反対です!」と正直に宣言して、顔色が変わった町田氏の「帰りなさい。」の一語で中座して以来、ずっとこのような不可解なことを綿々と経験してきたので、今回のフライヤー拒絶事件でも「またか!」とピンときてしまう。

竹野内真理さんの言っている事は真実である。「おまえのことは書かん、書かんということはおらんと同じや。」「私はずっとおまえを見てきたがお前が今生きちゅうことが信じられん。」「一番さきに死刑になるのはお前や。」等々と言われた瞬間、尊敬、畏敬、強迫とそれぞれの感情を分析しつつ、誰かに言わされたその親しい人の向こうの人のまた裏にいる指示者を特定して黙って対応させてもらってきた。
生き残れた理由は、この1985年以来の30年間に培われた、雑草の、モンサント社ラウンドアップ除草剤に対する耐性のようなものにある、この特殊な耐性による直感力もやはり素養の範疇に入れるべきものであろう。
宇宙の本質とはこのような広い意味での生命の原理である、人工のものは弱い。今、脱原発のデモ参加者や九条を守ろうとして行動している民衆にはみなこの強靭な耐性と素養というものがあるといえる。
マチィスも次女がゲシュタボに逮捕され、自身は「絵を描いてはいけない」という判決まで受けているし、ムーミンの作者一家もレジスタンス活動家であった。現在宮崎駿も坂本龍一も堂々と戦っている。
今行動しないと、福島のように、ふるさとも子孫もなにもかも腐らせ失ってしまう。

昔、芸術新潮連載の「気まぐれ美術館」で絶大な人気を博した洲之内徹は、若い我々無名作家にとって登龍門となる「現代画廊」を経営していた。当時、気まぐれ美術館だけを読まんがために芸術新潮を買っていた。
大学時代に一緒に「松声会」(関東の大学16校の草創期陶芸サークルの連絡会、細川家の新江戸川公園の松声閣の二階大広間で開いていた)をやった友人の天沼徹を砥部の梅野製陶所に訪ねていくと、二階絵付け場の工藤省二さんが「まあいっぺえやれや!」と昼間なのに湯のみに焼酎をなみなみとついでくれた。仕事が終わった5時からは工藤さんの自宅で大勢の作家仲間とも朝まで飲んで芸術論を戦わせ随分失礼なことも言った。

日本クラフト協会の理事をしていた工藤さんからは洲之内徹さんの話を随分聞いた。
洲之内徹は松山の出身である。彼の無名画家の秘蔵のコレクションは洲之内コレクションと呼ばれ、死後、散逸せず宮城県立美術館に収まっている。
洲之内徹は生まれ故郷の愛媛県立美術館に寄贈したかったが、対応に冷淡なものを感じて、結局、その価値がわかり信頼の出来る人のいる宮城県立美術館が熱望し、そこに収まったと聞いている。
今西中通の遺作にもこのような性質の逸話がある、遺族は当初、生まれ故郷の窪川町に寄贈しようとしたが、当時のN町長に「肺病病みの絵はいらん。」といわれ断念、今では高知県立美術館の目玉収蔵品のひとつに収まっている。

「個人のものは置かん。」という言葉も「肺病病みの絵は要らん。」という言葉も「この作家の作品は収蔵に値しない!」と放逐したに等しい。それで、今西中通の遺族も私の家内も同じように激怒したわけである。
目の前にいるのは確かに、四畳半一間のアパートで暮らしたケチな酒飲み画廊主だったり、若くして逝った肺病病みだったり、ゴキブリまみれだったりするが、ひとりひとりに一千万円ずつ配ってなる芸術院会員より少しはましだ。

世間人とその芸術家との混同からこれは起こる。世間人は世間人、芸術家は芸術家である。これはこれ、あれはあれである。
いくら芸術に疎くても、世間人が貧相なので芸術家と作品も貧相と決めこんではいけない。世間人としての名誉と出世と富貴と無名と貧窮と病没の様相はその時だけの仮りの姿で、作家の死後、肉体の崩壊と同じにまわりの人々の死とともに風化してゆくが、芸術家としての天界の姿がもしあれば、作品がひとり歩きをはじめ、物がモノを言い出すことによって認めざるを得なくなる。
時の淘汰と後世の公正な人々の判断に委ねようとして作家の遺族が作品の保管と作家の顕彰を願って必死にすがる思いで美術館に無償で寄贈しようとするのはそのためである。
管理も大変で収蔵庫のスペースも狭く予算の無いことも分かる・・・。

四万十町立美術館辻本明文館長よ、俺の寄贈作品「薔薇のピラミッド」を返せ!

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3. 館長の来廊

西暦2016年1月13日(水)

明け方まで雨、開墾作業開始を遅らせた。

今年のゴールデンウィークに「日和崎尊夫展」を、自宅で妻のやっているギャラリー龍窯で開催する準備を進めていた、日和崎尊夫さんと奥さんの雅代さんは、私たちが結婚した同じ頃に結婚し、新婚旅行で松葉川温泉に宿泊し、帰りに寄ってくれた。
現在の、玄関がギャラリーの自宅は、いの町の紙の博物館を設計した上田堯世(あげた たかよ)氏に作品2点を設計料として依頼、建築中で、隣の借家住まいだった。
その借家では不思議なことがあった、真夜中に突然テレビがついて、轟音と凄い花火大会の映像が映ったのでビックリ仰天して妻と飛び起きた。
「湾岸戦争」が勃発したのだった、1990年8月、花火大会ではなく、ものすごい数のミサイルが飛び交っていたのだった。

日和崎尊夫さんに「結婚おめでとうございます。」とお祝いを言ってまな板皿をプレゼントしたら、車から版画を取り出して目の前で鉛筆の先をサッと研ぎ、嘗め、サッとサインをして我々の結婚祝いのプレゼントをしてくれた、妻は感動した。
1990年、いの町の紙の博物館での「高知国際版画トリエンナーレ展」を成功させるという重責を果たされ、1992年の4月死去、享年50歳。私にとって高知で唯一の芸術家だった。
当時わたしは、繊細な彼に、あまりに集中力が要り、精緻を極める木口木版画ゆえ、人間国宝近藤悠三のアシスタントを努めていた陶芸のキャリアのある雅代さんと共に、土もみと薪割り等の単調筋肉労働がリラックスになると薪窯を勧め、彼は耐火煉瓦も集めていた。

この今回の「規定の変更」でこの5月に日和崎尊夫展を開催したとき、ポスターとフライヤーを地元の四万十町立美術館には置けなくなる。そうすると「武吉さん、どうしてあなたの地元なのに四万十町立美術館が協力してくれないの?あなたはそれほど無力なの?テレビも高新も来ないじゃないの!」と多くの関係者には言われてしまうだろう。
この数日前の「規定の変更」は、私にとっても四万十町昭和の「カゴノオト」にとっても「ギャラリー瀧の子」にとっても未来に生まれるギャラリーにとっても、個人アーチィストすべてのイベントや絵画展、木工展、写真展等々に適用されるのである。
実際私にはすでに適用された。「規定」とはこういう性質の、正式名、美術館管理規則すなわち四万十町立美術館条例のことなのである。問題はネットにも当人にも公布されてない美術館条例が美術館館長の名前ですでに適用され私のA4サイズの個展フライヤーが今まで長年あたりまえに置かれていた棚から排除されたことにある。

美術館運営審議会の高垣前館長、山本先生、武吉束さん、長谷部正さん、中屋貞子さん、森下よしはるさんは審議で多数決可決されたのだろうか。
もし審議会で可決されたのであれば「古民家カフェ半平」は四万十町観光協会経営だし「ギャラリー556」は四万十町健康福祉課担当なの行政関係ギャラリーのものに競合する民間ギャラリー関係のものは美術館には置かないという条例が次の2月の臨時町議会で議論されるということである。

夢に日和崎尊夫さんが現れて「こうするように」と驚くべき企画の鮮明なビジョンを見せられ、奥さんと一年前に一度打ち合わせをしたが、その後、日和崎尊夫さんからの夢によるプッシュがぱったり消えた、そういう時はいつも「引き時」である、一旦企画がひねたら世界的な作家なので、日和崎尊夫さんから夢で・・・と言っても誰にも信じてもらえない。ウイリアム・ブレイクの賛奉者であった彼らしい消え方。
昨年暮れ、たまたま街で出会った奥さんに企画消滅を伝えたが、赤ランプの点滅はこんなことだったのか・・・と今回の「規定の変更」で今になってしみじみ思う。

<スマップの解散劇に始まり・・・>

今朝、スマップの解散のニュースを見て、少し前のテレビのバラエティ番組でリーダーの中居クンが「戦争なんてダメだよ!憲法九条を守らなきゃ!」と腹をくくって勇気ある発言をしたのをみて、「放逐覚悟の発言」をしたなと分かった。
これだけ若者に影響を与える人物である・・・。
私の場合も、いつか高知のテレビ局の親しかった人に会ったので「私の過去のテレビの映像はどうなったの?」と聞いたら、彼は「ホカシタ!」と答えた。


昼頃、Iターンの夫婦一組、夕方4時頃に辻本明文館長と森本典将副館長のお二人の来廊があった。
妻は山で開墾作業中の私に知らせることはなかった。

妻の報告要旨は「ヒロが来ると、まとまる話もまとまらなくなる空気を感じたの。」
「館長さんは 〜昨年4月に館長になったとき、なにかわけのわからない、ここに置くのにふさわしくないチラシを、断っても断っても何度も持って来たり、土木作業員募集のちらしまで置いていたりとひどかったので〜 と経過の報告があったの!
それで私は、それはひどいですね!けれどもうちの個展のフライヤーは土木作業員募集のちらしとは違いますし、美術館発足の前に文化発展のためにとわざわざ来られた前田哲生町長に頼まれて作品の寄贈もしています。
収蔵作家の個展フライヤーを<個人のものは置かない>と規定を変えたのなら、武吉の収蔵作品を返してください・・・わかるでしょう。それがきょうの宿題です。お返事を下さい。」と言ったの。

ちなみに規定は、まだ文章化されていないが、
私が「それでむこうはどう言ったの?」と言うと。
「館長は 〜私の一存では答えられません、美術館運営審議会とも相談しなくてはなりませんので〜 ということで町道までお見送りしました。」という答えだった。

西暦2016年1月13日夜 記ス

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4. 二回目の館長と副館長の来廊

西暦2016年1月14日(木)

午前11時に森山副館長から電話があり、午後1時半に来廊。私はずっと山の開拓。

館長の言葉「教育長はいませんでしたが(上司と?)会をして、フライヤーは置かせていただくことになりました。えらいすみませんでした。」
妻はホットしてホット柚ジュースを出して「また本を借りに行きますのでどうぞ宜しく。」ということでまるく収まる・・・かに見えた。

ギャラリーから出る直前、館長が「これ値段を除けてもらわないかん、営利活動のチラシは置いたらいかん。」と、突然、トンチンカンな言葉を言い出した。

妻が「それでは半平(町営)の企画でも営利活動のチラシは美術館に置けないということですか。」
館長「そうです。営利活動のチラシは一切置けません。」
あまりにピントのずれた言葉に妻は美術館長としての資質に絶望したという。森山典将副館長も困った空気だったという。
せっかく来廊して『個人のものは置かない』を撤回して『置かせていただくことになりました』とあやまったのに、すぐに今度は『営利活動のフライヤーは四万十町立美術館には置けない』と辻本明文館長は言って帰った・・・彼等は一体何のためにわざわざ来たのだろうか。私にはどうしても理解できない。

妻の義弟が社長をしている海洋堂が指定管理者を努めている海洋堂ホビー館も半平も高知県立美術館もどこもかしこも今の経済恐慌のなか「高知県の文化振興による経済浮上をめざす観光客増大サービス業という観光による営利活動」のために必死に骨身を削っている。
ちゃんと住民のチェック機能を果たしてくれている町議の西原真衣レポートで、四万十町の町長・職員の給与・ボーナス一覧表を手にしたが、一般町民との格差に本当に驚いた。

辻本明文氏は今回のような美術館運営審議会にも通さずに(高垣会長、武吉束氏には確認)独断で規定という条例のようなものを作り、要求しても公布も明文化も書き物にもせずに、文化創造活動全般の息の根を止めかねない行為をすでに館員に指示して実行させた。これは、もはや美術館館長として背任行為そのものではないだろうか。
こんなありさまで町民の血税から捻出する高額の給料がもらえるのか。
前NHK朝ドラの「まれ」でも地場産品の食品と伝統工芸の輪島塗での営利活動に命を懸けて、自己破産後に移住してきた家族たちが一生懸命がんばる物語である。

はっきり言おう。
この開廊12年間で四万十町立美術館でチラシを手にしたお客さんが買いに来てくれて作品を購入してくださったことは残念なことに一度も無いのである。ギャラリーの場所を聞きに美術館に寄って親切に場所を教えて頂き、置かせて頂いていた個展フライヤー(地図が載っている)を手にして、うちのギャラリーに到達したという県外のお客さんが12年間で1人である。
しかし、誰かが必ず来てくれる・・・という希望があるので妻は毎回、つてをたどって、いろんなところに持って行って置いてもらっている、作家はみんなそうしている。
高知県立美術館でもカルポートでも気持ち良く受け取ってくれ、毎回「素晴らしいですね高知県の誇りです」と言ってくれ、フライヤー置き場の立体ケースの一番目立つ場所に差してくれる。

鉱夫は深い地下の坑道に落盤で閉じ込められても、救援隊がすぐそばまで来ているという希望だけで生きてゆける。
逆に案内状を何百枚制作しても、顧客名簿も持って無い新人芸術家の場合、どうやって宣伝するのか考えてほしい。
一枚のDM、一枚のフライヤーで客と作家が出会い、作品が売れ、商売が成立してはじめて芸術家としての生活が成り立つ。
音楽家でもコンサートのフライヤーで聴衆に知られ、そして大勢の人々がコンサート会場に集まり、チケットが売れてはじめて、音楽家としての生活が続けられる、これを営利活動と言わず何というのか、それでもコンサートの宣伝フライヤーも個展のチラシも営利活動だから美術館には置かんというのか。

そもそも四万十町立美術館は芸術活動の殿堂として地元芸術家から作品を無償で寄贈されて建設されたものではないのか、四万十町立美術館が買い上げて我々貧乏な芸術家を援助してくれたことが一度でもあるか?芸術家の居場所を無くするように、こうして公布なし明文無しの条例を勝手に作って、芸術家達をせっせと貧窮に追い込んでゆくという背任行為をする美術館館長辻本明文とはいったいなんなんだ。
一枚のチラシで人生が変わり、たった一曲の音楽で民衆が勇気を奮い立たせ民族が独立を果たすこともある。
チラシを楽しみにコレクションしてくれている人もいる、集まれば一冊の作品集となる。そのデザインを目標に学び仕事をする若いグラフィックデザイナーもいる。

ギャラリー龍窯では作品購入者の8割が県外のコレクターである。
フライヤーは国内の美術館はもとよりMoMAやボストン美術館等々にも郵送したこともたびたびある。
素養のある観光客にとって私は、こんなとっと田舎に存在する、18年前に陶芸王国日本から絶滅したはずの、今生で出会い難い、本物の、絶滅危惧種の、貴重な芸術家なのである。
今はどこに行っても売らんかなのつまらないものばかりしかない・・・と、奇特なお金持ちが、わざわざこんな山奥までやってくる、そして松葉川温泉にゆっくり宿泊して、本当にここに来て良かったと満足して帰ってゆく。

同じ地方自治体の美術館である香美市立美術館の1日の入館者数と四万十町立美術館の一ヶ月間の入館者数が同じだという。
それは足を運ぶだけの魅力が欠けているからである。
香美美術館は妻と北泰子館長の合力で国際コンクールを成功させた、それまで開館以来10年間というものNHKに何度取材依頼をしても、とりあってもらえなかった、それが向こうから来たと北館長は喜んでいた。あれを突破口に地方で異色の名美術館としてさらに実績を積んでいる。
「故人はいても個人はいない四万十町立美術館」のキャッチコピーを私から贈ろう。
こんな悲惨な死に体のありさまでは普通民間では無能でクビか、とっくに廃業である。
町民の税金で運営する文化振興サービス業であることを全く失念している。こんな人間を館長に任命したのは一体誰なんだ!

妻はもうトンチンカンな彼に期待するのはもう何もかも諦めて「町長に、武吉の寄贈作品を返して下さいと言って下さい。」と怒鳴ったという。
森山副館長がこの言葉の証人である。

1990年、湾岸戦争によるバブル崩壊で「失われた26年間」が始まり、1997年に日本の金融破綻が起き、新聞社の購読者が減少し、テレビ局のスポンサーも減少し、テレビ局内の喫茶店が廃業し、百貨店と画廊と美術館に閑古鳥が鳴き、美術館離れの木枯らしが舞い、企業にリストラの嵐が吹き荒れた。
そういうなか、なんとか経営破綻を脱しようと美術館も入館者を増やす努力と経費節減に必死になった。
私設の美術館は微々たる入館料の劇的減少で電気代すら払えず、私が通過した展示室の照明を館長みずからが丁寧に消してゆくほどの涙ぐましい経営努力も見てしまった。
夢のある美術館はつぎつぎに持ちこたえられずに収蔵美術品を売却して潰れていった。

この頃から経営改善のための営利行為への模索が始まる。
2002年の8月に県民ギャラリーで高知県内外の小、中学校をみんなで一校一校、何ヶ月もかけて廻り、80校から800点のマンダラアートを集めて「子供マンダラアート展」を自分たちマンダラアートの会で会場を借り、企画開催した。
そのとき橋本知事の秘書が「よくこれだけ集まりましたねえ」とほめてくれた。そして、西村高知県立美術館副館長が「この県民ギャラリーの部屋だけは子供たちと来館者で一杯ですが他の館内はがらがらです。」と言った、これから一体どうなるのだろうという不安そうな表情が忘れられない。

高知県立美術館ではこの2002年頃は玄関ホール フロント横の売店とレストラン以外では一切の営利行為は禁止であった。2004年に土佐山内家から古今和歌集高野切本を7億円で購入して予算の底が尽きた。
2005年に美術館条例に指定管理者制度条項を盛り込み指定管理者として「高知新聞社が営利行為をどんどんして」経営改善に乗り出した。

辻本明文館長の口にした「営利行為禁止」は11年前にすでに高知県の美術館業界では死んでいる。
バブル崩壊以前のたっぷり予算があり、基金の高金利で職員の給料が賄える時代の日本官営美術館の優雅な禁止行為の記憶。
アメリカの美術館は発生時点から民営の美術館なのでそんなものは最初から無い、市民からの寄付と所蔵美術品の売買も含め、さまざまな知的文化芸術ビジネスで成り立つ。
今の日本では「営利行為」とは「一度経営破綻に陥った美術館が生き残るために絶対必要な経営努力」のことである。
以後、クオリティが高くても入館者が見込めない企画は、もし開催出来ても担当学芸員は肩身が狭い、それでも美術館としての崇高なミッションを果たすべく苦闘している。
指定管理者の高知新聞社は宣伝は十八番なので大々的に宣伝して営利行為にひたすら力を注いでいる。

その同じ時代、私は経費無制限、つまり、やればやるほど赤字になる、高いクオリティをめざしている。
「とかく名工とは貧なるものぞかし」とは光悦の言葉だが、この、世間人としての断面では親戚の葬式にも出れないほどの赤貧洗うがごとしの四万十町での38年間の作家生活で、世界の陶芸で最も困難な自然釉の体系的完成を成し遂げた。

だから、この巨匠の私に11年前に死語になった営利行為の言葉を使うことはトンチンカンだし、今現在為されている営利行為の意味でも、私の自然釉の仕事は当てはまらない。

こんな辻本明文が船長では四万十町立美術館はセウォル号のように沈没してしまうだろう。

西暦2016年1月14日夜 記ス

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5. 黒人ボクサーの孤独

西暦2016年1月15日(金)午前11時頃

森山副館長から電話で教育長があやまりに来たいという話あり。

このまま、なあなあで終わることは無意味なので、「わざわざ来るによばん!」と言ってと、妻に言った。

妻が電話で美術館管轄の教育民生常任委員会会長の下元昇町議に「個人のものは置かない」「営利行為のものは置かない」という方針の決定の会議の有無を問う。
「会議はしていない、西原眞衣町議が<四万十町の負債総額と町職員給与、町長と特別職の給与の金額を公開資料から書き写した西原レポート>を図書館に置く件ではいろいろあったと聞いている。」とのこと。
24年前に一度会ったきりの西原議員に電話し、妻が私のHPを読むように依頼。

夕方、5時、西原議員から電話があり妻がゴミ出しで留守、私が出て「昨年の9月だったかケーブルテレビで四万十町議会中継中、誰かの資質が云々といった鋭い追求をしていて、「なかなかやるなあ」と妻と見たけど、暮れの町議会だよりを見ると、不適切・不穏当な発言をした・・・として『西原眞衣議員に対し問責決議を全会一致で採択』とあったけど、ひょっとして資質に欠ける・・・というのは名前がとうとう出てこなかったのでどうしても分からなかったけど辻本明文館長のこと?」と聞いた。
「違う、情報公開審議会の吉永毅一郎さんのこと。」私は「その人は何歳ぐらいのひと?」と聞いた。
西原議員は「70才前後ぐらいかな。辻本くんは私の西原レポートを図書館に置く置かないということで・・・ちょっと・・・あった。」ということだった。

やっと「個人のものは置かない」の謎がひとつ解けた。
町民を代表する意味で選ばれた町会議員が住民チェック機能を果たすためレポートを作成して、そういう機能のための図書館に置くことは良識に照らしていいことだと思う。
町議は我々の代表で個人ではないし、西原議員は選挙公約をちゃんと果たして,我が家にも西原レポートは郵送されてきた、郵送にかかる切手代や労力は小さいとは決して言えず、わたしもフライヤーを個展のたびに郵送しているのでよくわかる。

こんなレポートは、ここで暮らし始めて38年ではじめてである。
そのレポート内のデータから、私は我々市民と町役場職員の平均収入をエンピツを持って計算してみた、すると驚いたことに町役場職員の所得平均は月額41万2800円で我々町民の平均所得は月額18万4800円である、つまり2.2倍の格差がある。
四万十町の271億円の負債を考える時、この「格差是正による町財政改革」の切実な必要性を知らせてくれた西原議員には心の中で感謝したことだった。当選すれば公約を守らないいいかげんな町長や町議が多いのに職責に誠実である。

その西原レポートを「個人のものは置かない」とトンチンカンな理由で、図書館の館長が一存で置けないようにすることは公僕としての図書館長の明らかな背反行為だとおもう。
テレビを見ていて問責決議に値するような発言とはとても思えなかったし、なんだか好感度が増してあそこだけ面白かった。

「土木作業員募集のチラシ」を失業者になった私が図書館に新聞を読みに行って眼にして仕事にありつけることもあるわけで・・・あながち不適当でもないし・・・こんど本を返しに行った時、その建築空間とビラを置くスペースを詳細に見てみよう。


〜 黒人ボクサーの孤独 〜

私はいつも孤立して寂しい、そして退屈である。
名だたる陶芸家が恐竜のように絶滅し、陶芸教室時代の幕開けになった年、すなわち、「陶芸飢餓流行の1997年」に東京銀座、赤坂の画廊と百貨店の美術画廊を回った。
その何処でも異口同音にこう言われた。
「仕事が良すぎて扱えない。はやくやめないと大変なことになる。みな灰を積んで焼いている。」
セラミックアートの一流のデーラー全員からこの同じ言葉で拒絶されたのである。
ワラオモスガル思いの中、まさかの事態であった。日本の金太郎飴を思い知った。

私は、あるアメリカの初期ボクシング界の、伝説の偉大な黒人チャンピオンを思い浮かべた。
黒人のボクサーは彼が最初で、彼は抜群の強さで、開始のゴングとともに、あっという間にKOして勝ち続け、すぐにチャンピオンの座に登りつめた。
彼はとうとう夢と希望が叶った、と、思った。しかし、貧しく、寂しく、そして退屈な日々を過ごして亡くなった。
白人ボクサーが白人の観客たちの目の前であっという間に殴り倒されるのを観るのに耐えられなかったので、白人の興業主たち全員が全員で彼を干したのである。

私も1997年、その黒人ボクサーと似た状況になった。
しかし、黒人ボクサー1人で起業するボクシング興業を興した。
題して、「劇団ひとり」・・・ではなく「黒人ボクサーひとり」の誕生である。
まず、いつも仕事を頼む看板屋さんに頼んで、どでかい、どでかい看板を作り車の通行量の最も多い、目立つ場所で派手に興行した。
「21世紀の巨匠、陶芸家武吉廣和展」の大看板での興業開始である。
当然、通りかかった陶芸の目利きたちの目が鋭くその看板を捉えると「くそー!そんな名前聞いたこと無い!生意気なー。」と駐車場に停めた車のドアをバタンと閉め、ハアハアいいながら、靴音高く入場してくる。
そして、会場を回るうちにだんだん静かになり、小さくなり、長い時間ズーッと見て、最後には「見事な作品を見せて頂き、ありがとうございました。」と神妙な顔つきになって、丁寧にお辞儀をして嬉しそうに出て行った。
これは判定勝ちではなく鮮やかなKO。

次の対戦相手は「アナタ!入場料が取れますよ、そうしなさい。」と真顔でアドバイスしてくれた。
・・・これはボクサーというより、お商売人。
次の客の老女は黙って出て行った、そしてまた入って来て、バナナが一房入ったスーパーの袋を差し出した。
・・・これは苦労人。

白人たちのボクシング興業界は、その黒人ボクサーの過去の試合のニュース映像をすべて破棄した。
「報復措置」だった。

退屈で、退屈で、たまらない寂しい日々が黒人ボクサーに続いた。
2005年、突然、試合のオファーが来た。
試合相手はフランスのアカデミー会員版画家でマルモッタン美術館の館長ジャン・マリー・グラニエというフランスのチャンピオンボクサーで、奥様は陶芸家だという。フランスのアカデミーでは人格の高潔さと素養の深さと芸術家としての実力が長い年月をかけて精査される、日本の芸術院のように金で買うようなことはない。

リングは北川村の慎太郎窯の二階ギャラリー「かもん」。
試合時間はモネの庭5周年記念セレモニー後、歓迎晩餐会前。
私は春野町での新作展の会場詰めでどうしても臨席出来ないので、会場説明役のレフェリー役のOさんにこう言った。
「この10点の壷を視て、分からなかったら、そいつは偽物ダ!相手は私の壷を見るが、壷は相手が本物かどうか見抜く。」
「マルモッタンの館長が本物なら、感動する、そして、次に、必ず値段を聞いてくるからそのときには『とてもあなたがたには買える値段ではありません!』とはっきり言うように、と念を押した。」

以下はレフェリーの証言。

「ご夫妻が会場の入り口に立たれた瞬間、顔色が変わって興奮してこう言われました。(通訳を介して)」
 
館長    「これは自然釉か?」
 
レフェリー 「そうです。」

館長    「もう、説明は要らない。」
    
館長    「値段は?」

レフェリー 「30万から50万!」

ここでレフェリーが「とてもあなたがたには買える値段ではない、と作家から言うようにと指示されました。」と私の指示を守ればばよかったのだけれども、その失礼な台詞を賓客に対して言う非常識がなく、陶芸界の異次元のステージを見たことがないので、正直にこう言ってしまった。
これが後々、話がこじれる原因になった。だいたい東京国立博物館でもどこでも一流美術館は半端な収蔵品は嫌う。
他の美術館が貸してくれとも言わない作品は、収蔵するスペースすらもったいない。どんな小さなものでも2000万円以下のものは収蔵しないのである。それが一流美術館のステータスというものである。
マルモッタン美術館館長のジャン・マリー・グラニエ氏が欲しかったのはそこにあった非売品の「白龍」で、訊いたのはマルモッタン美術館が日本美術収蔵品として購入するときの値段である。
たったの50万円以下ではフランスに輸送するときに保険会社から美術品として認められず、保険金すらかけられない。
 
館長 「これまでいろいろなところでいろいろなものを視て来たが。これほどスピリチュアルなものを視たことは無い。
    とてもそんなお金で買えるものではない。」
   「古いものを研究し、それを超えて、作家独自の世界を構築していることがすごい。」
   「お金持ちに右から左に売れるようなものではないが、これが分かる人は私の廻りに少しはおる。」

こうして本物であることが明らかになったマルモッタン美術館グラニエ館長に対して、日本の、「21世紀の自然釉の巨匠武吉廣和」は、彼の長年の血の滲むような努力を重ねたことにより培われた素養と、稀なる審美眼と、美術館館長としての資質を賞賛し芸術に身をささげる同じ同胞として賞賛し認めた。

こういう互いに命をかけた決闘が突然、突然のオファーで始まり、まさかのときにまさかの場所で、目の前に、もう狼のような相手が眼を爛々と光らせ、両手に薄いグローブをはめ、鹿皮のトランクスをつけ、居る・・・のが美術館館長、対、巨匠戦のリングで、本当に楽しい世界であった。

初対面のコレクターにポンと目の前に何かを出されて見えるかどうかテストをされる。
合格したら次が出てくる、そうしてだんだん難易度が高くなってくる。
と、突然、、「純粋水爆も常温核融合炉も、もう完成しているのか・・・そうか・・・ところで、きみはなかなか面白いネ・・・こんどフランスで私の友人に会ってもらえる?」とニコニコ顔で言われる。



グラニエ御夫妻の向かって右側の方は通訳さん。失礼なので御夫妻の後ろに立とうとすると、
御夫妻から「前でいいのよ」とにっこりされて
御夫妻が私を前に押し出された。

















ギャラリー「かもん」の会場風景。
向かって右からオファーしてくれた
北川村の陶芸家 、新田文江さん。
2001年9月には「慎太郎窯10周年展」を
高知県立美術館で開催、フランスにも4度行き、日本文化の展覧会(琴演奏、組紐、表装、陶芸の展示)も開催した。
ジョゼ・グラニエ夫人とも親交。
真ん中は妻。
左は説明役をしてくださった陶芸家の大西学氏。慎太郎窯とギャラリーの建物を設計、建築した
大工さんでもある。
とにかく、お二人とも人柄がいい。

 



私が展示した10点の壷と角皿1点。

県外から来た窯ぐれ作家も慎太郎窯に滞在、制作してこのギャラリーで個展をして旅費を稼ぎ、再び旅立っていった。
徹夜の窯焚きのときには、この展示台の上で交代で仮眠をとった。
みんなでお金を出し合ってつくる、21世紀型の、ユニークな、信頼と助け合いをコンセプトにして楽しいことをどんどん企画する、うらやましいほどの、独創的文化経営共同体をとっていた。
潰したことは地域の失態。

「慎太郎」は坂本竜馬とともに京都、近江屋で暗殺された中岡慎太郎からとった。
庄屋だった生家と「中岡慎太郎記念館」のすぐそばにあった。













〜 若き対戦者 〜

黒人ボクサーにはまた冬がきた、寂しく、孤独で、退屈な、氷に閉じ込められたような日々が5年間続いた。
そして、再び、リングが用意された。
「門を叩け!さすれば!開かれるであろう!」である。
出口王仁三郎が用意してくれた!と、黒人ボクサーは思った。
実際に仲介して下さったのは川端康成記念館代表の水原園博氏である。

リングの場所は、日本各地の自然釉の代表的な壷が勢揃いする「六古窯とその周辺展」が開催中の滋賀県、信楽の MIHO MUSEUM。
ちなみに、黒人ボクサーがコレクションの品格と建築で世界一と思うこの美術館が完成しての最初の展覧会は、京都の古美術商、近藤金吾氏が生涯をかけた古信楽大壺の集大成といえる「古信楽大壺展」だった。

日時は西暦2010年11月9日である。
対戦するボクサーは金子直樹チャンピオンである。
オーナーの小山美秀子氏と世界中を回って400億円のコレクションを決定した恐るべき審美眼の持ち主で、まだ若い。
美しく紅葉した楓に包まれた駐車場までニコニコして迎えに出てきてくださった、昔からの知り合いのように思われた。

白龍の入った大きな桐箱を車から抱え出した瞬間、金子直樹氏はこう言った。
「すごい気ですね、中に白龍が入っているのがもうわかります。」

黒人ボクサーはこう言った。
「高知県から信楽焼きの壷を信楽町に持って来ました。」

金子直樹氏
「古信楽を超えてます。信楽はクソです。」

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6. 未明のメール

西暦2016年1月19日(火)

朝 3:30 起床、執筆作業の後、朝食準備。
私の朝食は旬のもの地のものである。つまり、その時、すぐ目の前の畑や山野に生えているものを採って食う。
わたしは縄文文化人である。

9月には在来種トウモロコシのもちきびを蒸したものと梅シロップの水割り、10月は安納芋と梅ジャムとコーヒー、11月は在来種大豆奥物部神池秘伝ハチマキを煎ったものとコーヒー、12月は赤いジャガイモ アンデスと柚のママレードにコーヒー。
この正月の今朝のメニューはコーヒーと、里芋を蒸したもので、めんどくさいので皮ごと渋柿ジャムをつけてもそもそ食べる。
何故か、「今あんぱんを食べてますヨー」という信号が脳に行く。
渋柿ジャムは名前で皆驚くが、吊るし柿の渋が抜けて軟化してブヨブヨになった頃合いをみて砂糖を少し加えてジャムにする。

今、開拓中の裏山の竹薮から山芋とトコロ芋がゴロゴロ出る。
トコロ芋は苦くて食べられないというが、ネットで調べると唯一、青森県の南部地方では灰を加え6時間煮て食べる懐かしの一品とあった、飢饉の際に食べる方法を編み出したのだろう。
わたしも早速大鍋で6時間煮て毎朝食べ続けたが、3日目でとうとう苦さに耐えられずギブアップ、今、残りを梅干し用の大瓶に投げ込み、砂糖漬けにして一旦保留、有効成分であるサポニンの研究をしている。生のピーナッツをフライパンで軽く煎ったような不思議な食感が魅力的。
       

第1楽章 「未明のメール」

優雅な朝食後、メールが届いた、外はまだ暗い。
発信者は西原眞衣四万十町議会議員だった。
メールの内容は問題にされた2015年9月7日の9月定例議会での発言と、9月17日に行われた四万十町議8人の議会運営委員会による問責決議の場面でのありさまであった。
以下に、メールの文章をそのまま掲載する。

<メールの原文、名付けて「解読困難な謎の西原文書」>
 
問責決議に至った案件ですが、「情報公開審査会会長吉永氏の審査会長としての言動によって、審査会長としての資質を検証し、合わせて情報公開審査会委員の人選のあり方を任命権者である町長に聞く。」というのが、あの時の質問の論理構成でした。

資質に欠けるという言葉は、用心して使用しませんでしたが、相手の云った言葉「我々は今や一町民なので、議員さんに傍聴されたら萎縮する。」をそのまま引用して、「議員さんに傍聴された位で萎縮する情報公開審査会って、一体どういう審査会なのでしょうか。」また、委員に役所のOB比率が異常に高いことにも言及し、この様な人選では行政寄りの判断を下しがちで、情報公開制度の公正性を最終的に担保する審査会の人選としては、大いに問題がある。」とも云いました。

最も肝心なのは、彼らが、非公開で審議をし、なおかつその議事録も読ませないことの、合理的な説明責任を全く住民に対して果たせていないということです。
説明責任に対する認識は、民主主魏を機能さすための根幹の指針、「選挙で選ばれた統治者の有権者に対する説明責任」を巡るものであり、この認識が、この審査会にいかに欠落して云るかということの証左でもあります。
「今や一町民であることによって、名指しで言動の責任を問われること自体が、侮辱だ。」と云って退ける、かっての窪川町収入役の言葉を、私は、「かって統治者の側にいた今や一町民は、当時、一町民であるがゆえに、収入役であり得たという自明の原理にいかに無頓着であり、その無頓着さによって自分に付与された権力の根源の根拠を自らに引きつけて問い質したことが毛頭なく、その証拠に、その言動がその痕跡を残していない」と解釈しました。

根拠なき驕りによって、退職してもなお、情報公開に関する学識を自らに問うことなく、審査会長職を引き受け続け、自らの言動の説明と反論に及ぶことなく、公の場における体面だけは死守しようとする、末端官僚のグロテスクさの表出の瞬間でもありました。そして、議会はそれを利用し、都合の悪いものを議会の体面を保つ目的で貶めようとする。
結局この辺りが、非常に苦い認識ではありますが、我々が、その中で連綿と暮らしてきた、この国の、戦後民主主義の到達点の実態とも言えるのではないでしょうか。

以下があの時の議会でのやり取りの詳細です。

審査会長吉永氏は、「公の場で侮辱された。」「我々は今や一町民なので、議員さんに傍聴されたら萎縮する。とは言っていない。」「夜も眠れなくなった。」「名誉棄損度で訴えるつもりもある。」と、意見を聴取した、議会運営委員会の8人の委員に、言ったそうです。

一方私の方は、同じ議会運営委員会で、一斉に全員の委員から、「議会のルールを守らない。」「会期中に議事録を作成しするた
め、議会事務局は、昼食も取れずに、議事録を作成しなくてはならなくなった。その上、会期中に何度も議会運営委員会を開催しなければならなくなった。実に迷惑だ。」と全員が私を非難しました。
「個人の会話の言った、言わないという、議会が事実確認ができないことを公の場で言うな。」「天下りという言葉は、議会の品位を貶めるものだ。」とも言われました。

私は、実に怪訝に思いました。
なぜなら、かっての定例会で、私が町の外郭団体である、ケーブルテレビの運営主体、「四万十公社」役員名と、公営社団法人「四万十町シルバー人材センター」の役員名やシルバー人材センターとの事務所でのやり取りを言った際には、四万十町議会は、事実確認のために議会の再放送を50日間も延期したからです。
あの時は事実確認を目的にし、今回は、事実確認ができないという、この整合性の欠落は一体何なのでしょうか。

そもそも、四万十公社もシルバーも公益法人であり、「公益法人のによって、役員名の公開が義務付けられています。
にもかかわらず、実私が言及した、シルバー人材センターの事務局長永井立一氏(元四万十町総務課長)と四万十川公社の常勤専務理事の森雅順氏からの議会への抗議の電話で、ケーブルが止まったのです。

今回の問責決議も「多くの町民からの指摘があり」とありましたが、実際は、吉永氏と中川氏の二人です。
シルバーには毎年町から600万円、厚生労働省から600万円の補助金が拠出されています。
現次長も元四万十川健康福祉課副課長、森本吉彦氏であり、事務職員は、役場出身者ではありませんが、縁故採用者で、月額15万円の報酬と年間賞与60万円を得、退職金も実費負担なく積み立てたものを受け取れる待遇です。
公社の森氏はかって地域振興公社に雇用され、会館のPA担当と公園の樹木の剪定、植替えなどの管理業務に従事していましたが、今や統括責任者で月額報酬50万円です。(公社HPで公開)
前職は、マツダのカーディーラーだったらしいので、なんか月額報酬50万円を受け取れる公営法人の常勤専務理事なんて不適任のような気がするのですが。いかがなものでしょうか。

第2楽章 「翻訳/議会での発言」

私は田舎ぼけが激しく、正直、このメールの語彙が難しくて読めなかった。
西原議員の職業は翻訳家である、共産党でもない。
翻訳家の文章を田舎ボケ陶芸家語に翻訳すると以下のようになる。
私は翻訳に自信がないので、失礼のないように、翻訳家の著したメール原文を先に掲載したわけである。

<問責決議を受けた9月7日の町議会での発言内容を西原眞衣四万十町会議員がここに書きます。>

西暦2015年9月7日の四万十町議会での西原議員の質問の題名は「情報公開審査会会長 吉永毅一郎氏の審査会長としての資質を検証し、会わせて情報公開審査会委員の人選のあり方を任命権者である中尾博憲町長に聞く。」というのが質問でした。

<発言1>
「情報公開審査会会長 吉永毅一郎氏の会長にふさわしくない資質を思わせる言動があるかどうか調査する、そして情報公開審査会委員として吉永毅一郎氏に決めた審査の基準が何だったのかを、任命した町長に質問する。」です。「資質に欠ける」という表現は実際には用心して使わなかった。

<発言2>
直前に情報公開審査会会長 吉永毅一郎氏が発言した「我々は今や一町民なので、議員さんに傍聴されたら萎縮する。」をそのまま引用し、西原議員は「議員さんに傍聴されたくらいで萎縮する情報公開審査会って、一体どういう審査会なのでしょうか。」と質問した。

<発言3>
「情報公開審査会の委員に役場のOBの比率が異常に高い。この様な人選では行政寄りの判断を下しがちで、情報公開制度の公正性を最終的に担保する情報公開審査会の人選としては、大いに問題がある。」

<発言4>
最も肝心なのは、情報公開審査会の委員たちが、非公開で審議をし、なおかつ、その議事録も読ませないということが、合理的な説明責任を町民に対して果たせていないということです。

<発言5>
説明責任に対する認識は、民主主義を機能さすための根幹の指針「選挙で選ばれた統治者の有権者に対する説明責任」を巡るものであり、この説明責任に対する認識が、この情報公開審査会にいかに欠落しているかということの証拠でもあります。

<発言6>
「今や一町民であることによって、名指しで言動の責任を問われること自体が、侮辱だ。」
と言ってしりぞける、これがかつての窪川町収入役であった吉永会長の言葉であります。

<発言7>
私は、「かつて統治者の側にいた今や一町民は、当時、一町民であるがゆえに、収入役であり得たという自明の原理にいかに無頓着であり、その無頓着さによって自分に付与された権力の根源の根拠を自らに引きつけて問い質したことが毛頭なく、その証拠に、その言動がその根跡を残していない。」と解釈しました。
根拠なき驕りによって、退職してもなお、情報公開に関する学識を自らに問うことなく、審査会長職を引き受け続け、自らの言動の説明の反論に及ぶことなく、公の場における体面だけは死守しようとする、末端官僚のグロテスクさの表出の瞬間でもありました。
そして、議会はそれを利用し、都合の悪いものを議会の体面を保つ目的で貶めようとする。
結局、この辺りが、非常に苦い認識ではありますが、我々が、その中で連綿と暮らしてきた、この国の、戦後民主主義の到達点の実態ともいえるのではないでしょうか。

第3楽章 「翻訳/問責決議の風景」

以下が西暦2015年9月17日に「9月7日の9月定例町議会での発言を問題視しての西原眞衣 四万十町会議員に対する問責決議が8人の運営委員により全会一致で可決された議会運営委員会でのやり取りの詳細(西原議員の言い分)です。

議会運営委員会の委員の名前(敬称略)
下元 昇(四万十町議会副議長)・橋本保・下元真之・岩井優之介・吉村アツ子・堀本伸一・槙野章・酒井祥成

意見を聴取した、議会運営委員会の8人の委員に、情報公開審査会会長 吉永毅一郎氏は、9月7日の町議会での(西原議員の発言に対して)以下のように言ったそうです。
         
 「公の場で侮辱された。」
 「我々は今や一町民なので、議員さんに傍聴されたら萎縮する。」とは言っていない。
 「夜も眠れなくなった。」
 「名誉毀損で訴えるつもりもある。」

一方、私の方は、同じ議会運営委員会で、一斉に全員の委員から、非難されました。

 「議会のルールを守らない。」
 「会期中に議事録を作成するため、議会事務局は、昼食もとれずに、議事録を作成しなくてはならなくなった。
  その上、会期中に何度も議会運営委員会を開催しなければならなくなった。実に迷惑だ。」
 「個人の会話の言った、言わないという、議会が事実確認ができないことを公の場でいうな。」
 「天下りという言葉は、議会の品位を貶めるものだ。」

私は、実に怪訝に思いました。
なぜなら、かつての定例会で、私が町の外郭団体の「四万十ケーブルテレビ公社(四万十ケーブルテレビの運営主体)」の役員名と、「四万十町シルバー人材センター(公営社団法人)」の役員名やシルバー人材センターとの事務所でのやりとりを言った際には、四万十町議会は、事実確認のために四万十ケーブルテレビによる議会中継の再放送を50日間も延期したからです。
あの時は事実確認を口実に再放送を延期、今回は、事実確認ができないという、この整合性の欠落は一体何なのでしょうか。

そもそも、四万十ケーブルテレビ公社もシルバー人材センターも公益法人であり、公益法人法によって役員名の公開が義務付けられています。
にもかかわらず、実名を私が言及した、シルバー人材センターの事務局長 永井立一氏(元四万十町総務課長)と 四万十ケーブルテレビ公社の常勤専務理事の森雅順氏からの議会への抗議の電話で、(実名を知られないために)四万十ケーブルテレビの議会再放送が止まったのです。

今回の問責決議も「多くの町民からの指摘があり」とありましたが、実際は、情報公開審査会会長 吉永毅一郎氏と四万十町雇用創出協会事務局長中川俊秀氏の2人です。シルバー人材センターに拠出されている補助金額は、厳密には、町からも国からも「およそ600万円」です。

シルバー人材センター現次長も元四万十町健康福祉課副課長、森本吉彦氏であり、事務職員は、役場出身者ではありませんが、縁故採用者で、月額15万円の報酬と年間賞与60万円を得、退職金も実費負担なく積み立てたものを受け取れる待遇です。

四万十ケーブルテレビ公社の常勤専務理事 森 雅順氏はかつて地域振興公社に雇用され、四万十会館の駐車場担当と公園の樹木の剪定、鉢替えなどの管理業務に従事していましたが、今や統括責任者で月額報酬50万円です。(四万十ケーブルテレビ公社HPで公開)。前職は、マツダのカーディーラーだったらしいので、なんか、月額報酬50万円を受け取れる公営法人の常務専務理事なんて不適任のような気がするのですがいかがなものでしょうか。

孤独な黒人ボクサーはマルモッタン美術館の館長と同じ言葉を言おう。

「もう、説明はいらない。」

ネットの情報拡散により、もう反響がある。

四万十町でも、ことの分かった町民は皆言っている。

「問責されるべきは明らかに吉永毅一郎と8人の町議会議員のほうじゃいか。」そして
「西原眞衣議員は勇気がある。えい!素晴らしい!町の未来のことを本当に思って、ようやってくれゆう!応援しゆうき!」と。

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7. 二十一世紀は女の時代、個人の確立の時代

西暦2016年1月20日(水)

朝10センチの積雪、はじめての冬らしい一日である。

朝9:00に四万十町役場の議会事務局に電話して「昨年9月7日の定例議会の議事録は何処で読めるのか聞いた、議会事務局と町民課と図書館に置いているという。
テレビ中継の録画は見られるのかと聞くと録画はあるが見ることは出来ないという。」ここで、じゃあ「なんのための録画か?四万十ケーブルテレビって何」という謎がまた一つ生まれた。
西原レポートでも読んで何故か引っかかる箇所でもある。

そもそも窪川原発闘争の最中、巨額なお金が動いて、町長と町会議員の変節と裏切りがあいついだ、それを「皆で見張ラニャナラン!」ということで町議会のテレビ中継と録画が始まったと記憶している。
みな固唾をのんで見た、言った言わないという争いのとき確たる証拠になる。そして、次の選挙で落とすようにした。
今回も必要かつ、十分条件を満たすためにウラヲトラネバナラナイ。
なんだか翻訳家のような堅い文体にナッテキタ。

今でも記憶に残っている笑い話がある、議会で原発推進派議員が議会演説のなかで「・・・にやぶさかではない。」と言って原発推進派の仲間には怒られるわ、原発反対派には笑われるわで大騒ぎになった。
本人の弁明は「意味をよう知らんかったが、いつかいっぺん使うてみたかったので使うた。」という素朴なものであった。
 
<問責決議で外堀を埋める>


今回の、昨年暮れ12月の「町報の議会便り」に「西原議員に対する問責決議」が大きく掲載された、これを見て私もビックリして「なんじゃ、これは!」と動き出した。
四万十町の町民から推され、町民のための町会議員として、筋の通ったことをやっているたった1人の女性議員を、議員8人が取り囲み、皆で、さも悪者だと決めつけ、貶めて、彼女の行為の真実を伏せて、町報で町民に広くPRした、こうして、まず、外堀を埋めた。
つまり、西原レポートを排除するために、表向きには一見正当そうにみえる、極めて悪質な根拠ができたわけである。

町報には「町民から多くの申し出が議会にあり」議会調査が発動したように書かれているが、町民からの申し出など何も無く、事実は「西原議員に対する問責決議」の発動は2人の抗議者によるものである可能性が極めて高い。
その2人とは、テレビ中継を見ていた一般町民ではなく、なんと当事者である情報公開審査会会長 吉永毅一郎氏と「四万十町雇用創出協会」事務局長の中川俊秀氏とのたった2人である可能性が極めて高い。

四万十町雇用創出協会というのは町からゴミの運搬収集業務を委託されている特定非営利法人である。
四万十町雇用創出協会会長が吉永毅一郎氏で事務局長が中川俊秀氏である。

そして四万十町役場時代、吉永毅一郎氏は収入役で中川俊秀氏は町民課課長であった。
問責決議を決定した議会運営委員会の8人の町会議員の中に下元昇副議長も入っている。

一昨年の夏の前回の町長選挙の時、中尾博憲氏と下元昇議員の2人は、私が住んでいる日野地集会所に、町長選挙の公約作成のため、住民の意見と要望を伝える住民集会に招かれて来た。 

<規定を変更して内堀を埋める>

次に内堀を埋めるべく、年が開けた今年の正月早々から法的根拠無く、会を開いてと偽って、独断で「規定が変わりましたので個人のものは置きません。」と辻本明文館長が職員に宣言、西原レポートとわたしの個展フライヤーを図書館と美術館におくことを禁止した。

<抗議運動の発生>

さも軽い印象を与える、この「規定の変更」とは実に重大、かつ壊滅的な影響を四万十町の文化的生活向上と芸術創造活動に与えるもので、美術館条例以上の重大なものである。
この「小さな規定の変更」が「富士山のように美しい私の妻の未増有の大噴火を引き起こしてしまった!」・・・平成の大噴火である、そして今回の「規定の変更」を厳しく追求する抗議運動の大きなうねりが起こっている・・・と、大噴火から11日経った今日の1月20日の時点では、時系列的に記録連載しつつ、こんなことになっていると主観的に情況を分析している。

21世紀は女の時代、個の時代と言われているが、辻本明文館長は自覚の無いまま、両足でレポート型の地雷と壷型地雷をそれぞれ踏んずけているという状況にある。
女流翻訳家の美しく、清楚で、鋭い言語中枢と、「国際『ありがとうマンダラ』コンクール展」の重責を1人でかるうて、ひどい目にあいながらも大成功させた女の力量というものを知らなさすぎる。

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8. 西原レポートとは何か!  < 西原レポート.PDF

西暦2016年1月22日(金) 

昨日の労働の筋肉痛で、今日は寝坊して、朝4時に起きた。
テーブルに炊き込み御飯を妻が用意してくれていた。従って、今朝のメニューは米とコーヒー。

先日、ポルシェに乗って個展に来た同級生は私の開墾現場に立って、「今時、高齢者カードが来た体で、年甲斐も無く、ツルハシ一本で山の開墾はないだろう。耕作放棄地はそこらになんぼでもあるじゃないか。こりゃ戦中戦後の食料難の時代の風景だ。」と楽しそうに笑った。
「おれは、在来種の種と預金封鎖を危惧してのことだ。」と答えると、また笑ってこう言った。
「預金の心配はせんでいいだろう。してないから。」
私は言った。「問題はその後だ。」

西暦2005年の初春、妻は一通の手紙を受け取った、関東地方の荒れた高校の女子の生徒会長からで「昨年の国際ありがとうマンダラコンクール展に入賞して学校の空気がすごく良くなった。」という感謝の手紙だった。そして「もう一度開催してください。」と結ばれていた。
妻は「あたし、もう一度やる!」と言った。
私は「ヨーシ、乗った!」と叫んだ。
悪ノリにさらに輪をかける夫婦とはウチのことである。日々、退屈なのである、やれると分かったことはやらない。
早速、その日のうちに高知県立美術館に出かけ、県民ギャラリーを押さえた。
しかし、審査員長も決まり、ポスターも刷り上がった時点で、なんと、前回連動したアメリカのチームがニューヨークの国連ビルで開催するスケジュールとピッタリ重なった。

そこで、急遽、開催を断念、お詫びのしるしに「喜寿のお祝いです、先生の喜寿展を開いてください。」と審査員長を依頼した高知大学名誉教授、鳥居昭美(とりい あきよし)先生に会場をプレゼントさせてもらった。
鳥居先生は「高知県美術家九条の会が発足したばがり(私と妻も発起人のメンバー)なので、そのグループ展会場に使わせて頂く、丁度良かった、本当にありがとう。」と言って下さった。
鳥居先生は佐川の方で児童の美術教育の専門家で版画家、四万十町立図書館(当時、窪川町立図書館)でも「正法眼蔵」や「ルソー」の読書研究会を開催されていた。
そうして「九条の風を吹かそう高知展」が2005年5月に開催された。
九条を守る芸術家のグループ展で、妻は大きな布マンダラを床に広げ、来場者に「平和憲法ありがとう」の寄せ書きを依頼した。高知新聞もテレビも報道メディアは赤旗以外、取材に来なかった。
顔見知りのテレビ局の人を1人見かけたので、サインペンを差し出しながら「平和憲法ありがとう」とだけでいいから書いてくれませんか?と言うと「書いたらクビになる!」と拒絶された。
一般の人々は「憲法九条が危ない?まさかそんなことにはならんろう。よし、書いちゃお!」と笑って書いてくれた。

それが今からたったの11年前のことである。今や憲法九条は蹂躙され戦争法案が成立している。
鳥居先生は弟さんを戦争で亡くされている、西暦2014年没。

<西原レポートの内容>

昨年春頃か、見ず知らずの西原眞衣議員から自費で「西原レポート」が郵送されてきた、まさか・・・四万十町民の全世帯に送ったのか?・・・と郵送にかかった金額の大きさを想像して、驚いたことだった。
なかなか面白いレポートで、今も手元には2通ある、大切にしている。
田辺哲生議員の選挙資金収支報告に関する高知新聞記事(2014年12月25日)への対応意見を議員15人にそれぞれ問い、得られた回答を報告している、これで15人の町会議員それぞれの脳の回路図が見える。
そして町民と役場職員の所得格差2.2倍(私がビールを飲みつつエンピツ計算して)という驚きの詳細データもある。
私が、いちばん面白かった記事を抜粋してここに掲載させて頂く。

彼女が「西原レポート」で町民に最も伝えたいテーマがこれで、ことの分かった町民からは絶大な支持を受け、反対に、中尾町長、副町長、教育長、役場職員が兼ねる図書館長、役場職員が兼ねる美術館長、情報公開審査会、町役場職員、町会議員全員から袋ダタキにあう理由もこれにある。
四万十町発信のこの「西原 レポート」は、現在の日本のあらゆる自治体にとって有意義であるばかりでなく、ペンタゴン レポート、アーミテージ・ナイ レポートのような破壊性と虚実性は皆無であり、人類全般にたいして遥かに良心的で、正直で、意義深く、指針に富み、誠実である。
   
<西原レポートのテーマ>

平均2,400万円の退職金の支払いのために、毎月、職員1人当たり90,000円が、全額税金より支払われています。
この金額は給与外のものです。
一般職員と、町長、副町長、教育長の退職金の支払いのための年間負担額は、実に約3億円です。
職員の退職金を扱う「高知県市町村総合事務組合」は、四万十町職員の累積赤字(過去の職員の退職金が多額であったことが原因)を解消し、現在の退職金を維持するために、さらなる負担金の増額を四万十町に要請しています。
「職員のためだけのこれらの巨額の出費を認め続けてきた、歴代議会議員の責任は重いと言わざるを得ません。」

公務員給与の支払いのために、町は多額の借金を重ねています。その累計は271億円に上ります。
公報では、実質負担額は約91億円と書かれています。皆さん騙されてはいけません。
これは国が将来的に町の借金を肩代わりしてくれるという意味ではありません。国は国債を乱発してその原資を得ています。
その国債を買っているのは我々国民です。
国民から借金を重ねながら、税金の無駄使いに敢えてメスを入れようとしない行政によって、国家は未増有の1000兆円を超える財政赤字を抱えています。そのつけは、もう、年金の削減や医療、介護、雇用の現場を脅かしています。
国会議員歳費も含めた公務員給与を守るために、60年償還の国債が乱発されています。
今年の公務員給与を支払うためにした借金が完済されるのは、60年後の2076年です。
この少子高齢化の時代に、その時一体誰がその財源を賄えるというのでしょうか。
この国家のあり方に、納税者の皆さん、怒りを覚えませんか。

しかし私は直にこの耳で聞きました。
このような厳しい時代の町政を任されたばかりの中尾町長は、今年の6月議会で言ってのけました。
「職員給与を減らすつもりはありません。職員の皆さん安心して下さい。」

要するに痛みを伴う財政改革を選挙公約どうりに調査して誠実に訴えている正直な議員を、選挙公約から当選後に豹変、変節し、古巣で元同僚の役場職員達に合流した町長と、本来の行政チェック機能を忘れてしまって団子になった四万十町議会議員たちが、皆で袋ダタキにしている図である。
その一方、西原議員と心をひとつにして、四万十町の未来を信じて、共に誠実にミッションを果たしている若い役場職員がいることも知っている、彼等、彼女達には頭が下がる。

2040年には全国の地方自治体のうち半数が消滅の恐れという状況で、将来、2007年の夕張のように四万十町が財政破綻すれば、今の若い役場職員も将来失業する。
生活に困るのは町民も町長も副町長も教育長も役場職員も議員も皆同じである。
共産党でもない、オンブズマンでもない翻訳家の1人の町会議員が公の議論の必要性があると問題提起した日本一立派な誇らしいレポートを公共図書館に置かなければ、一体何処に置くのか、ゴミ箱のなかへ叩き込むつもりか!

美術館が顔であれば図書館は脳である。

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9. 土佐の草の根の女捜査官3億円暴露事件

西暦2016年1月23日(土)

今日も筋肉痛で寝坊、4:30に起きた、夜が開けたと思って飛び起きたら、月夜で明るいのだった。
里芋の泥を落とし、タワシで洗って蒸し器に入れ・・・、コーヒーを点てる。

私が、こうして文章を書き残すのは、西暦2050年頃にやっと安定期に入った地球の、美術館の1人の学芸員のためである。
その西暦2050年の地球上の人間はオーラが見え、飛行艇で移動している。
なぜ西暦2000年頃にオーラが鮮明に輝く陶器が、西暦1992年から西暦2023年の間、日本の高知県の四万十町の日野地という地点の傾斜地の「西暦1200年頃の様式の窯」で焼成されたのか・・・の謎を研究している1人の学芸員のためである。

「黒人ボクサーの孤独」の章に出てくるジャン・マリー・グラニエ美術館長の言った「これほどスピリチュアルなものは見たことが無い」という言葉と、MIHO MUSEUM の金子直樹氏の「すごい気ですね、もう中に白龍が入っているのが分かります。」という言葉は、お二人が霊眼を持たれているということを意味する。

私が辻本明文四万十町立美術館館長と、彼を任命した中尾博憲町長に「俺の寄贈作品のピラミッドを返せ!」とHPで年甲斐も無く大声で怒鳴ったのは、どす黒いオーラの人間に「美術館の管理能力」が、あるはずが無いからである。

現在の経済恐慌の時代、労働者の6割が、臨時、派遣、パートという名の月給11万とか13万で働かされる奴隷である。
勇気を出して声をあげると「替わりはなんぼでも居る」と社長に逆切れで脅される。
移住希望者は、日本は何処も金太郎飴であり、ここ四万十町にも負けず劣らずブラックはあるということを知っていなければならない。しかし、自然の恵みはいい、草の根が食える、この私がこうして今も生き延びて、誰も出来なかった大仕事が成し遂げられた土地でもある。

日本は19年前の金融崩壊以後、リストラの嵐が吹き荒れ、一般サラリーマンはとっくに退職金は貰えない時代になっている。
現在、町役場職員は、町民の平均所得18万4800円の2.2倍という平均41万2800円という高給を受け取っている。
さらに、別に、1人平均2400万円という退職金というかたちで、町財政から年間総額3億円が支給されている。
その結果、四万十町の現在271億円という巨額の負債がありながら、このうえさらに、1年間に3億円という赤字が積まれてゆく・・・。

この重大な真実を、多数の町民からの要望を1人の町会議員が受けて、合法的に調査して公表したのが「西原レポート」である。テレビニュースのキャッチコピーにすると「土佐の草の根の女捜査官3億円暴露事件」である。
これは高知のテレビニュース番組で放送されることはまず、無い、その理由はまた別の日に書く。
この真実が広く知られると都合の悪い町長以下のグループが、インチキ裁判で問責決議をし、次に「個人のものは置かない」というインチキ規定を作り、知る権利のために我々町民の税金で運営されている図書館から、「明らかな背任行為である排除を続けている」というのが現状である。

このインチキ規定が引き金になった「富士山の平成の大噴火」から14日目、連載しつつ、考えて、今ようやく、ここまで謎が解けてきた。
    
<このままではこうなる>

船長たちは沈没することが分かっているのに「そのまま動かないで下さい。」と修学旅行生達には言って、船長たちは変装までして、真っ先に逃げ出した韓国のセウォル号のように沈没するのは明らかである。
船長に騙され死んだ素直な大勢の修学旅行中の生徒たちとその親たちは哀れだ。

あのとき、自分という個の確立が出来ていた「個人」は、船長の言葉など信じず、「こりゃあいかん!沈没するぞー!」と、「西原レポート」のように、大声で皆に警告して、さっさと「船長交代」に動いている・・・しかし・・・間に合わなかった。

四万十町号がセウォル号のように沈没し、財政破綻した後は、2007年に財政破綻した夕張市のように、巨額な負債をすこしでも弁償すべく、美術館収蔵品は、町有の土地や建物やバスやコピー機や備品とともに、町有財産として競売にかけられ二束三文で叩き売られることだろう。その中に俺の作品が入っているのが情けない。

「そもそもなんでこんなことになっつろう・・・もうあとのまつりだ・・・。」と隣近所の年寄りたちと同じようにグチを言っても何も始まらない。
負債の後始末の更なる負担に耐えられず、さらに人々は四万十町から出てゆくだろう。
東電の社長のように巨額の退職金をもらって海外で優雅に暮せる人々はいい。出てゆければまだいい。若い町職員たちもあてが外れて失業し、家は建てたものの住宅ローンが支払えず、子供の学費も支払えず・・・特老も病院もなくなり・・・。
そして・・・四万十町の未来は無くなる・・・子供たちの未来も。

「子供たちにちゃんとしたふるさとをのこそうではないか!!」

その前に「辻本美術館長よ、任命した中尾博憲町長よ、俺の寄贈作品を返せ!西原眞衣議員に問責決議を採決した町議連中よ、早く寄贈作品返却条例を採決してくれ!」

西原レポートの行間から伺い知れることは、しぶとい草の根の女たちの存在である。
橋本大二郎前知事を招いたのは「土佐の草の根の女たち」で「自由は土佐の山間より」とは土佐の自由民権運動の理論家、植木枝盛の言葉だが、自由民権運動は今も草の根の女たちのしぶとい根性に染み付いている。


うちの「平成の大噴火」も土佐のしぶとい草の根の一本で、2008年のリーマンショックの最中「あたしやる!」と突然叫んだ。
何がなんだか分からなくてもこういうときはこう叫ぶことにしている「ヨーシ!ノッタア!」。

そして「平和は土佐の山間より〜平和憲法ありがとう展」が自由民権記念館で開催された。

  ありがとうで、ピースな心・
     ピースな地球をアートする。
 < ママピースのマンダラアートの会 >

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10. 暴かれる闇、あの闇融資事件の高知県側の弁護士、
          行田博文
(こうだ ひろふみ)弁護士の出現

西暦2016年1月24日(日)

朝3時、今日は正常に目覚めた。天気予報では最強寒波が来てるはずだが、何も感じない。
40歳で結婚するまで、冬もストーブ無しで、仕事着のまま夏用の寝袋にもぐりこんでロクロ座の上で寝るというホームレスに近い縄文文化的生活をしてきたので、こうなった。
里芋の泥を落としタワシで洗って蒸し、コーヒーを入れ、冷蔵庫から渋柿ジャムを出す。

友人たち野次馬フォロアーからの「センセ、生中継、イケテマス!どんどん書いて直木賞に応募しましょう!」の類いの煽りメール数通と、昨日午後4時に翻訳家からのメールが1通届いていた。
なんだか、ワルノリに輪を架けてくれそうな気配なのでワクワクして全文を載せる。
「土佐の草の根の女捜査官3億円暴露事件」の原稿の承認と校正を依頼したその返事である。

〜以下翻訳家からのメール〜

とくに何も訂正個所はありません。
 
「どす黒いオーラ」とは言い得て妙です。武吉さんが感じている内容を私なりに翻訳すれば、「個として、自分の言動に責任を負うという意識が全く醸成されていない人間像」です。
 彼らは、その無知と判断停止と、それによって維持されてきた組織の存続に対する盲信から、ほぼ例外なく、最終的に汚泥のような、根拠なき、どす黒い確信を内面に持っています。
 
私は今まで、随分と彼らの無知と判断停止を論理的に批判してきました。
そうやって、一枚一枚彼らの言葉の殻を剥いていった挙句、彼らが窮地に立った瞬間に吐く言葉は、確かに実にどす黒い印象を与える内容を持っていました。
辻本館長は、西原レポートを図書館に置けない理由に、公有財産の貸付、譲渡に当たるので、議決か条例制定が必要であると、回答しました。

顧問弁護士、行田博文氏(梼原出身、高知県職員上がりだそうで、例の闇融資野裁判で県側の弁護士をした人だと聞いています)に相談した結果だそうです。
自己の判断は停止のまま、そこだけは、ギョツとするような全く別のトーンで高らかに言ってのけました。
「条例を制定する気はありません。」実にこの部分がグロテスク(どす黒い)と感じました。

そんな感じです。腹が立った私は、行田弁護士に直接電話して、反論を開始しました。
それでは、役所の一角にある「本会議場」「議会図書館」「議会事務局」も全て公有財産の貸付に該当するのか、議決を経た記録はない、と反論すると、「それは別途調べてみなければ分からない。」と回答しました。つまり、そこでデッドロックでした。
 
教育委員会のあるところ、豊饒な議論が全くどこにも無いので、図書館の中身が豊かにならないはずです。

〜以上が翻訳家から届いたメールでした。

私、武吉廣和がこのメールを読んで、驚き、口をついて出た言葉は「ナンジャ、コリャー!」であった。
窪川町立図書館入り口のチラシを差す棚に、A4サイズのコピー4枚をホッチキスで留めただけの「西原レポート」を、町議が合法的に調査した町民のための「西原レポート」を、置く、置かないで、図書・美術館長の顧問弁護士が出て来る・・・まず、こんな話は聞いたことがない、ナンジャーコリャー!である。

次に驚いたのが、辻本明文図書館・美術館館長の顧問弁護士、行田博文弁護士の、「西原レポートが図書館に置けない理由」を述べた言葉」である。
「公有財産の貸し付け、譲渡に当たる」ので
「四万十町議会の議決」か「四万十町議会で議決した条例」が必要である。というのである。
これはもはや、話を大げさにすりかえて、さらにはぐらかしての、意図しての恐喝である。
論理のすり替えと、論理の飛躍が明らかにあるではないか。こういうのを「本来の法律を穢した、最低の詭弁」という。

私の個展フライヤーも、半平のフライヤーも、西原レポートも、ギャラリー556のフライヤーも、ピアノコンサートのフライヤー・・・も、米豚フェスタのフライヤーも、個展のハガキも、「公有財産の貸し付け、譲渡に当たるので」、いちいち四万十町議会で議論を重ねた上で議決をしてから図書館・美術館入口のちっぽけな棚に置けというのか!

調べると、行田博文弁護士は西暦2009年に日本弁護士連合会副会長をしていたという立派なキャリアの弁護士である、いくら顧問料をもらっているからにしても、この程度の件なら助手まかせでいい。
ちっぽけな「西原レポート」にこんな大物が出てきて、詭弁をも弄すような恥ずかしいことをしなければならないということは、一体、彼らは、何をこれほど恐れなければならないのだろう。
一主婦の「町民からの多くの申し出が議会にあり・・・というのはいったいどなたからでしょうか?」との質問に下元昇議員が「弁護士を立てるぞ!」とまで言ったという、下元議員の立てるぞと言った弁護士もおそらく行田博文弁護士のことであろう。
この異常さ・・・これは一体何だろう。

私の知っている弁護士達は私の作品の30年来のコレクターあるいは土佐中学高校時代からの同級生達であるが、皆ユーモアがあって、数学に強い、明晰な倫理性、論理的頭脳の持ち主である。高知弁護士会の会長もされた方もおいでる。

副知事と県幹部が逮捕され、長期に亘ったこの日本でも有名な裁判では県側は負けて有罪となった。
この南国市モード・アパンセ闇融資事件は10数億円という巨額の同和対策事業を巡る背任・詐欺事件の裁判だったので高知のエース級の弁護士同士が激突した。
確か、山本卓副知事は、毎日毎日、昼食時、裁判所の真ん前の、高知本町ビル一階の小さな料理店に通われていたのでは・・・。

私は早稲田大学に6年居た、行田博文氏は私より2歳若く、法学部である。
学園闘争中のキャンパスで出会っていたかもしれない。
2016年は丙申(ひのえさる)である。努力が結実し、現れてくる年だという。
今回の1月9日からの出来事も翻訳家の今までの努力がこうして現れて来ている・・・。


<夕方、翻訳者から「一主婦の正確、詳細な会話証言」のメールがとどいたので、そのまま以下に掲載させて頂く。>

 〜武吉さんへ
 
一主婦のおばさんは、議会中継を見ていたらしく、問責決議で終了した9月定例会終了後、私に電話をくれました。
 
下元昇議員に電話して(名乗らず)の会話が以下です。
 
おばさん「多くの町民とは何人か。」
 
下元議員「これは議会ですでに決まったことだ。」
 
おばさん「おかしなことを言う。どういう理由でこれが決まったのかを聞いている。
     町民に説明しなくてはいけないのではないか。」
 
下元議員「そこまで言うなら、名乗れ、弁護士を立てろ。」
 
おばさん「それでは、そちらは、弁護士に相談した結果の、問責決議と言うことか。」
 
下元議員「無言。」・・・終了。
 
「あれは馬鹿じゃ。」と言うのが、おばさんの下元議員評でした。
 
上記の会話を18歳の有権者教育とやらに使いたいと思いませんか。
これは、実録です。さてどっちの人が議員に適任でしょう。
 
 〜西原真衣

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11. 味方か? 特定秘密保護法に反対する岩崎淳司(いわさき じゅんじ)弁護士の出現

西暦2016年1月25日(月)

今朝は目覚めた時、地球が氷河期に入ったのではないかと思った。
平均7万年間の氷河期の後、平均1万年間の間氷期がやってくる。
今日がその1万年間の間氷期最後の日なのだ・・・と、そのまま1時間ほどヌクヌクと冬眠を続け、平和で温暖だった頃の緑の惑星での楽しかった日々を涙ながらに、しみじみ回想した。
スタンドを点灯したら、隣に寝ている「平成の大噴火」の顔に白い布が乗っかっていた。
もしや火山さえも凍死か?と、「死んじゃあせんか。」と声を掛けると、「寒いも。」と、ひとこと言ってまた寝た。

昨日は朝から銀世界で一日中、雪が舞った、シベリア抑留者を偲びつつツルハシを振った。
ここは四万十町で最北にある一番寒い地域で、雪も深い。ここ日野地は標高330メートルである。
四万十川の流下にしたがって窪川の町の四万十町役場が205メートル、大正が149メートル、十和が86メートル、江川崎が72メートルである。
私は四万十町をはるかに遠望する、聖地チベットに住み、ヤクを飼い、自給自足して38年間、窯を焚いていると書記設定してこれを書いている。


<パソコンを開くと、翻訳家から朝3:36にメールが届いていた。翻訳家も早起きなのだ。以下に掲載する。>

行田弁護士との会話の日付は、調べてみます。恐らくはっきりとは出て来ないと思いますが。
  (朝8:24にメールで翻訳家が2015年7月1日と知らせてくれる、意外なほど古い。)

彼を巡っては、別の一件があります。
私が、かって議会の教育民生委員会に出した図書館への陳情文を14箇所 削除された件です。
議会の言い分は、「好ましくないと思ったから。」でした。

明らかに、憲法で保障された、表現の自由(出版の自由、結社の自由、言論の自由)の言論の自由の侵害です。
今回の議会での問責決議に至った時と同様、相手をその言論と判断(あくまでその立場での)において、批判し、批評する、言論の自由の侵害であると私は、今も思っています。
その一件を(彼らが)相談したのが、行田博文弁護士ともう一人が、かなり時間が経過していたのですが、岩崎淳司弁護士でした。判断は異なりました。

話が非常に込み入っているので、資料を近々持参して、詳しく説明します。
私としては、現職議員による、言論の自由の侵害は、遡及的に看過できません。

行田博文弁護士は四万十町の顧問弁護士で報酬は年間36万円。

 〜西原真衣

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12. 図書館の虫の翻訳家の腹の虫と、芸術家の腹の虫は同じ虫

西暦2016年1月25日(月)

朝のメールの後、国道と県道とが凍結しているので、電話で、「今回のようなヤマは通常あと一ヶ月はかかるので、悠々と急げばいい。スリップして事故でも起こすとなんちゃあないので来るにはよばん。」と言った。
その後長く長く続いた電話での会話で翻訳家は、1月25日早朝3:36のメールの「かって議会の教育民生委員会に出した図書館への陳情文事件」は、なんと翻訳家が町会議員に当選する遥か以前の出来事であると語った。

翻訳家幼少期の近所の漫画貸本屋から始まり、窪川町内の書店の移り変わり、合併前の窪川町の小さな図書館の移転変遷の歴史と、それにまつわる人たちの半世紀以上にわたるドラマと、青春時代に学んだ津田塾時代、慶応義塾時代の図書館と東京の図書館の充実と比較しての、現在のふるさとの四万十町立図書館の信じられないほどの落差と貧困を延々と語った。
私は文学者として「図書館を命のみなもと」とまでも思うような翻訳家の腹の虫がおさまらない思いをしっかり受け止めた。

翻訳家の電話の話は、赤ショウビンの鳴き声が「水ヒョロン、水ヒョロン」と谷間にこだまし、卯の花の咲く頃の田植え時の田んぼの細い水路に流れ続ける澄んだ水のように、とめどなく、切れ目無く続いた。
電話の途中から会話の相手が文学者で、心の聖域が「図書館」にあることが理解された、そして芸術家の聖域が「美術館」であることと同じであることに思い至った。

「個人のものは置かない」と図書館から排除された文学者の怒りと、「個人のものは置かない」と美術館から排除された芸術家の怒りは同じである。
私がギャラリー・美術館・博物館は古代から情報センターであり続けていると思っているように、翻訳家も図書館は古代から情報センターであると思っているのである。

四万十町の未来への提言である「西原レポート」は四万十町の脳、情報センターである図書館に置くべきである。

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13. みなさ〜ん! 重大事件です! 重大スクープです!

西暦2016年1月26日(火)

朝9時30分に妻が四万十町役場の議会事務局に電話して質問した。

議会事務局のクニサワ という女性職員が出た。

妻    「今度開かれる議会はいつですか?」

クニサワ 「まだ、決まっていません。」

妻    「日も決まって無いなら議題も無いですわね?」

クニサワ 「・・・」

妻    「傍聴はできますか?」

クニサワ 「出来ます。(にこやかな声)」

妻    「いつごろ開かれるのかHPかなにかで知ることが出来るのですか?」

クニサワ 「・・・」

妻は、すぐに西原議員に電話して「1月20日に議会事務局に電話したときには2月9日に臨時議会が開催されますという返事だったのに今日電話したら、まだ決まっていませんと言われたの、間違って伝えたのかもしれない。」と言った。
すると驚くべき答えが返って来た。

西原眞衣議員は「さっきちょっと用があって議会事務局に行ってた、ついでに次の議会の開催を聞いたらこんな会話になった。」という。凄いタイミングである。

西原眞衣議員 「次の議会開催はいつですか?」

事務局の女性 「2月9日です。」

西原眞衣議員 「議案は?(議題内容は?)」

議会事務局
宮地正人局長 「 国の人事院勧告・・・。総務課の樋口に聞いてくれ。」

西原眞衣議員 「県の人事委員会勧告でしよう。」

それで妻が質問した「県の人事委員会勧告というのは何?」

西原眞衣議員 「具体的に言うと四万十町役場職員の給料を値上げするようにという
        高知県の人事委員会からの勧告を四万十町議会で議論するということ。」

つまり高知県人事委員会は2015年10月15日に町役場職員の給料値上げの勧告を出したので、それを受けて四万十町議会で議論するために2月9日に臨時議会を開くということである。それでは、西原議員に「2月9日」と言ったすぐ後にかけた電話で妻には「決まっていない。」と言った理由は?ということになる。

西原眞衣議員 「今から役場に引き返して聞いて来る。」

そしてしばらくしてまた電話があった。

西原眞衣議員 「事務局長は『公示は1週間前でいいから。』と答えた。」

もうこれで今までの謎が全部一度に解けたのがお分かりだろう。

四万十町議会事務局のHPによると四万十町町議会議員の西原眞衣議員は総務常任委員会の委員で、その総務常任委員の仕事とは行財政と指定管理者、協会、ケーブルテレビ・・・等々の調査である。
現在の日本中の自治体で、その行財政の一番重要とされているもののひとつに、地方公務員の給与制度の総合的見直しという課題がある。
西原眞衣議員は職責を果たすべく、公務員の給与実態、諸協会、指定管理のホビー館、ケーブルテレビを合法的に調査し、四万十町の将来の経済破綻を予見し、その給与制度の改革の緊急なる必要性を「西原レポート」にまとめ、広く町民に知ってもらい、町民と議会での真剣な議論を訴えたのである。

町役場と町議会はその後10月15日に高知県人事委員会から給料値上げの勧告があることは分かっているので、その前の9月の議会で町民から多くの申し出があったと偽り、罪をでっちあげ、問責決議を採決し、西原眞衣議員と西原レポートを貶め、「個人のものは置かない。」という美術館運営審議会にも教育民生委員会にも諮問せず書き物すらも無いインチキ規定を辻本明文図書・美術館長が勝手につくり、町民の目につく図書館からの排除を企てたのであろう。
そして1月20日以前に2月9日の臨時議会の開催を決定していたにもかかわらず、西原眞衣議員に知らせず聾桟敷に置いたのであろう。

これが今回の、用心棒の行田博文顧問弁護士までが出て来て、裁判をちらつかせてまでして威圧しなければならない理由である。
自分たちの給料値上げという共通の利益のために、町長、教育長、図書・美術館長、町役場職員、本来チェック機能であるはずの四万十町町会議員までもが一致団結しての「西原眞衣議員への問責決議」であったわけである。

このことが重大問題なのは、日本中の地方自治体の経済的破綻がさらに大きくなり、早まるということが分かっているにもかかわらず、こんな暴挙をなしてまで一般町民所得平均18万4800円の2.2倍、41万2800円もある平均公務員の給料をさらに値上げするのかということである。
そしてボーナス分の3億円が毎年、四万十町271億円の負債の上にさらに積まれてゆく。
これをさらに増やそうという議案がたったの2週間後の2月9日の臨時町議会で決定される。

今の経済恐慌の最中、給料値上げすべきは、裕福な公務員達でなく、たった11万円ほどで働かせられているような、例えば、アグリ窪川で働いてくれている人々のような方々のほうである。

四万十町の皆さん!今こそ「西原レポート」をそれぞれ図書館で手にし、読んで、議会に傍聴に行こう!
夕張市のようにならないように行動しようではないか。

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14. 市長の退職金は20円

西暦2016年1月27日(水)

朝3:45起床、今朝はそれほど寒くない。

昨日は、私の重要な作品ばかりを所蔵してくれている独立開窯期からのコレクターの1人から「茶臼はいりませんか?」という電話があったので即刻、車に乗り、妻と飛んで行った。
これで春には、窯場周辺に自生している山茶から御抹茶をつくることが出来る。
毎年、5月の連休前後には、お茶の「一針二葉」を一本一本、爪先で摘んで、フライパンに和紙を敷いて煎り、香り高い新茶を楽しんでいる。そのお茶人のコレクターに十数年前、「茶臼を捜している。」と言ったことを覚えていて下さったのだ。
茶臼は以外なほど重かった。
その方は私が36歳の時、「陶芸家として死んだ時」、ただお一人、私を信じ、味方についてくださった。
そして誰にも内緒で、私一人のために懐石料理をご自身で作られ、私の茶碗でお茶を点てて下さり、茶室の床の間には私の伊賀写しの花入れに花を活けてくださり、緊張感のある、静寂な、正式なお茶事を催してくださった。
そのお茶会のテーマは「舟出」つまり「再起」だった。

その後、30年間、どんな茶会にも絶対行かないし、茶の作法も全く知らない。

次男が「ネットの記事で面白いのがあるよ。」と教えてくれた。
今回、参考例の一つになると思うのでその短い全文を記ス。

「市長の退職金は20円 那須塩原、最後の月給は・・・1円」
      ー朝日新聞デジタル 西暦2016年1月22日(金)20時2分配信ー

21日に退任した栃木県那須塩原市の阿久津憲二・前市長(72)の退職金が20円になることがわかった。
阿久津氏は給料の3割カットと退職金ゼロを公約に掲げて2012年の市長選で初当選。
自らの給料を減額する特例条例を定めて同年4月以降の月給を96万円から67万2千円にし、退任時の月給を「1円」と定めた。
退職金事務を扱う県市町村総合事務組合は退任時の月給と在任期間を元に退職金を支払うため、阿久津氏は20円になるという。
退職金は1ヶ月以内に阿久津氏の口座に振り込まれる見通し。
特例条例がなければ退職金は1935万3600円だった。
特例条例は21日で失効した。
昨年12月の市長選で阿久津氏の再選を阻んで初当選し、22日就任した君島寛 新市長は、給料や退職金のカットについては「十分話し合って検討したい」と述べるにとどめた。(矢鳴雄介)

「西原レポート」5ページ目は「特別職給与実態」のページである。
そこには、中尾博憲町長、森武士副町長、川上哲生教育長、谷脇健二教育委員長以下37人の特別職の給料の金額の一覧表がある。
中尾博憲町長の月給は 73万7千円で、 年収は1千105万5千円である。
退職金(在任期間4年)は 1千474万円である。

アグリ窪川で月収11万で働いている方々の年収は11×12という単純計算で132万円。

「271億円もの負債を抱えた会社で、毎年社員の退職金分の3億円がそのまま負債となって上積みされて、どんどん積み重なっていっていますよ、社長さん!社員の皆さん!それでいいんですか?」と18人居る監査役員のうち、たった1人、西原眞衣が調査し、「西原レポート」を作成、警告を発している。


ここまで書き終わった1月27日朝7時、翻訳家から昨日の議会事務局での詳細な会話記録を記したメールが届いた。
長いが重要な会話なのでそのまま掲載させて頂く。

〜武吉さんへ、事実は以下です。

<議会事務局で>

西原:臨時議会があると知り合いから耳にしたんですけど、いつあるのですか。

正規職員酒井;2月9日です。

西原:議案は。

事務局局長 宮地正人氏:人事院勧告があって。

西原:(ピンときて)ここの職員の給与がまた上がるんですか。それだったら、県人事委員会勧告じゃないですか。
    人事院勧告は、国家公務員が対象でしょう。

事務局全体:無言。

西原:それで、職員給与がどう上がるんですか。

宮地事務局長:そこまではまだ分かりません。総務に聞いて下さい。

西原:人事院勧告に基づいて国家公務員給与が上がりましたよね。既に報道されました。
   それを受けて県の人事委員会勧告に基づいて、県職員の給与が上がり、それに準じて、町村の職員給与を上げるのが、
   慣例じゃないですか。少なくともそこまでは、事務局長から正確に伝えてもらってもよさそうに思いますが。
   内容の詳細以前に。

事務局全体:無言。

西原:今から総務に行きますけど、参議院議員の松下某が、(間違っているかも知れません。)国会で、
   「借金だらけの会社で従業員の給与を上げるのは、聞いたことがない。」と発言したと報道されましたよね、確か。
   読んだんですけど。

事務局全体:無言。


<総務課で> 総務課長樋口氏が電話中であったので、人事担当の清藤氏を呼んで、

西原:職員給与の改正議案が、2月9日の臨時議会に出されるんですか。

清藤:そうです。

西原:改正内容は?

清藤:若年職員の給与表号数を3号給上げて、400円から4000円、基本給が上がります。

西原:県の人事委員会勧告に基づいているようですが、あくまで勧告であって、勧告に従う義務はありませんよね。

清藤:ありません。

西原:ですからこれは、四万十町の判断ですね。

清藤:そういうことになります。

武吉貴子さんから連絡を受けて、「次の議会はいつですか。」と質問すると、事務局正規職員、国沢が「分かりません。」と返答したと言うので・・・。

<事務局に電話>


西原:国沢さん、なぜ一般住民からの問い合わせに、「分かりません。」と回答するのですか。

国沢:告示前だったからです。

西原:確定ではないからということですか。

国沢:そうです。

西原:「臨時議会が、2月9日に開催予定です。日程は予定ですので、変更の可能性があります。
   議案は、四万十町職員給与の改定のための条例改正案です。」と伝えることはできないのですか。
   そうすれば、問い合わせた人に、その時点で最も正確な情報が伝わると思うんですけでど、
   その人の傍聴の便宜も図れるのじゃないのですか。

国沢:そうですね。分かりました。

<2回目の事務局への電話>

西原:告示前に予定日を言ってはいけないのですか。何か基準がありますか。

国沢:自分の考えです。

西原:あなたのみの考えですか。

国沢:違います。

宮地事務局長が電話を変る。

宮地:特に基準があるわけではありませんが、告示前に周知しないと言うことでずっとやってきました。
   議員にだけは、準備がいるので、議長の許可を得て、予告ということで、通知を出してます。
   これからもこのやり方を変える気はありません。

<総務課に電話>

西原:議会の招集権者が町長なので、総務に聞きます。
   議会(本会議、臨時議会)の開催予定は告示前に公表してはいけないと言う規定でもありますか。

浜田:確か地方自治法上、告示のことが書かれたいたように思うので、調べて連絡します。

浜田:地方自治法101条で、地方議会は本会議最大10日前、臨時会の最大3日前に告示しなくてはならないとありました。

西原:そうですか。分かりました。

<3回目の事務局への電話>

西原:ケーブルの文字放送と四万十町議会HP上で、本会議、臨時議会、常任委員会の開催日を周知していますか。

宮地事務局長:告示と同時にしています。

西原:議案も出していますか。

宮地事務局長:出しています。

西原:傍聴可能と書いていますか。

宮地事務局長:書いています。委員会は事前に委員長に確認して、委員長が傍聴可能と判断すれば、書いています。

・・・以上です。

後、これも昨日確認したのですが、貴子さんが、総務常任委員会の所管事項を事務局に問い合わせた時、「地方公務員給与制度の見直し」と電話に出た国沢が言いましたか。本人は、言っていないと言っています。

公務員給与は正しく、聖域なので、国から制度改革誘導的(決して自主的ではありません)に指導してくることはあっても、地方議会の委員がこれを、行政の事務事項として調査、研究、提言するようなことは、まず考えられません。
ですから逆に彼らにはそれを議論する、論点の把握も未だにできていないのです。
職員、議員ひっくるめて、霞が関の人々に質疑しているのは、恐らく、私だけであると思います。

地方公務員給与は、地方自治法上は、「自治体は、その職員に報酬を支払わなければならないが、その詳細は条例(つまり自治体の議会)で定める。」と書かれていますし、退職金についても、「退職金を支払うことができる。」と書かれているのみで、私は総務省に電話して、「これ、支払わなくてもよいとも読めますよね。」「そうですね。」と言う言質、「職員給与が削減されれば、地方交付税が減額になりますか。」「なりません。」と言う言質等を取って、あの西原レポートを書きました。

今回の事だけでも、事務局職員の情報処理能力が、いかに低いかが分かります。
我々は、この様な能力不足な人々を、あのような高給で決して雇いたくはありません。
このような人々が、地域社会で最高級の報酬を臆面も無く得続けてている、それに誰も異議を唱えない。
これら全ては、社会全体に対する犯罪にも似た行為、社会の没落と衰退に深く関わる行為であると思います。

〜以上で西原眞衣議員からのメールの掲載を終えます。

今までが今までなので、意地の悪い想像をはたらかせば西原眞衣議員に臨時議会開催を法的に告示しなければならないのは3日前の2月6日の土曜日ということになる。
町役場は休日なのでその前日の2月5日の金曜日の夕方となるだろう。
そうすると町役場に具体的議案内容等を問い合わせて準備が始められるのは2月8日の月曜日になる。
翌日が9日の臨時議会開催の日。
まさに聾桟敷である。

私たち四万十町町民の、「ことの分かった人々」は松下?参議院議員と同じ意見である。

「借金だらけの会社で従業員の給与を上げるのは、聞いたことがない!」である。

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15. ツイッター始めました!

始めたツイッターの最初のつぶやきは、
「西原眞衣四万十町会議員への問責決議は冤罪です。詳細は陶芸家 武吉廣和のHP表紙左下の『四万十町立美術館からの電話』に長々と書いています。現在の日本の自治体すべてに共通する経済改革と憲法と原発という課題ですし、その挙動と動向に対する私の意見の表明です。」

西暦2016年1月28日(木)

朝 3:00起床、執筆作業中の4:30に翻訳家からメールが入る。
四万十町議会の人間模様が赤裸々に描かれている重要なメールなので、そのまま以下に掲載させて頂く。

〜武吉さんへ
 
この事件も、今の四万十町の実態を示す事件ですので、記録に残す意味も込めて情報伝達します。
 
平成27年の夏ごろのことだと記憶しています。
私は、町政について、主に職員との質疑や、情報公開請求による公文書の入手を通じて、独自に町政を調査、研究しています。
その蓄積で、一般質問の原稿を作って、定例会で質問するのが、私なりの議員活動だと自分で定義しています。

ある議会運営委員会が開かれると耳にしたので、何の議題だろうと思っていた矢先、橋本議長から正午に電話が入り、「あんたのことで、執行部から指摘があり、その内容を伝えたいので、明日議長室に来てくれないか。」と言われました。
鈍い私は、やっと、「えっ、議会運営委員会開催と言うのは、私のことだったのですか。」と聞き返しました。
「そうだ。あんたの職員に対する問題発言のことだ。」
「執行部って誰のことですか。」
「森副町長と川上教育長の二人だ。」
「複数の職員が西原議員に暴言を吐かれたと、執行部に申し上げて来た。本当にそう言ったのか事実確認をしたい。」

いつもの相談相手の田辺幹夫さんに電話で相談「西原議員にだけ事実確認と言うのは公正じゃないから、行く必要はない。」とアドバイスされる。
堀本議員から電話「応じた方が今後、良い方向に行くと思うから、応じた方がいい。」とアドバイスされる。
 
因みに私のことで開かれた議会運営委員会は、非公開(秘密会)であった。議事録も未だに公開されていない。
当時私は、議会運営委員会を毎回傍聴したいので、議会運営委員会の開催が分かったら知らせてくれと事務局に頼んでいた。
何も知らされなかった。
その頃議会運営委員会の委員の一人、堀本議員から、議会運営委員会の招集通知が来たけど、議題がなかったので、事務局に問い合わせたら、「秘密会らしい」と事務局職員が言ったと言うのを、偶々本人から電話で事前に聞いていたので、「今頃なんの議題で議会運営委員会を開くのだろう。それも秘密会までしてで。」と憶測を働かせていた。
毛頭自分の事とは、想像していなかった。
 
いろいろ考えた挙句、その晩、議長に電話

西原:「話の内容を聞きに、一先ずは行きます。」

議長:「あんたが来んと言うから、もうあれは止まった。」

西原:「一体どういうことですか、私の暴言を事実確認する必要があるのじゃないのですか。」

議長:「だからあれは、もう止まった。」
 
憤慨した私は、議運の議事録を読もうとした。四万十町会議規則と議会運営基準と言うものがあるので、秘密会と議事録についての記述部分はどこかと、宮地事務局長に聞いた。
 
西原:宮地さん、委員会の秘密会と議事録について書かれてあるところを探して下さい。
 
宮地事務局長:西原さん、自分で持っているでしょう。自分で探してくれませんか。
 
西原:他にもたくさん用件があるから頼んでいるのです。それ、事務局の標準の仕事じゃないんでしょうか。
 
宮地:だから自分で探してくれませんか。(この人は、こういうものの言い方が多い。)
 
憤慨し、元大正町議会事務局事務局長の、相談相手の中森巌(通称がんさん)さんにこの件を電話で話す。
 
西原:中森さん、これって議会事務局の仕事ですよね。
 
中森さん:普通そうとしか思えんけどね、我々には。
 
西原:橋本議長が任命権者だけど、ものすごく、人選に問題があると思う。
   多分、あの事務局長は、規則や基準に当たるのが苦痛なんじゃないかと思う。
   つまり、事務局長に全く向いていない。
   第一、橋本議長は議員が20人から18人に削減されたのに、自分が念願の議長になったとたんに事務局職員を
   3人から4人に増員したし、財政を無視して、「わが世の春」をやっているとしか思えない、私としては。
 
事務局から、吉村愛、酒井裕恵、国沢みやこ3人の名前でメールが届く。
18人の議員にメールを出すのに3人の正規職員か、「なんて浮世離れした、バカバカシイ世界なんだろう」と痛感します。
全員決して新米じゃない。吉村さんは、現在育児休暇中です。
役場の正規女性職員には、3年間の育児休暇が保証されています。吉村さんの産休後は、臨時職員を雇用しています。

この暴言事件の経過は、次のメールで。 

〜西原

<2月9日の臨時議会傍聴者20人以上の参加を呼びかける>

昨日27日は、来廊者一組が帰った後に、今日はもう来ないと判断して、妻と「西原レポート」を持って、2月9日の議会傍聴者の勧誘に出かけ知人宅を回った。

<皆さんも参加してください!!>
*ルールは町議会傍聴席入場の前、住所,名前、年齢を記録帳に記入するのが習慣であるそうな。
 ヤジは禁止、町外の人もOK。
 20人ほどの席があるという。
 通常9:30に開始で、終了時刻は、議案の多さ、質疑の長さによって違います。臨時議会は通常、昼までには終了。

こんなにして自分の足で動き回って、「地球さんありがとうのマンダラアート展開催」とか「憲法九条を守るための平和憲法ありがとう展開催」とか「原発再稼働反対署名運動」とかを、延々15年間続けている。
縄文土器と縄文文化の研究も平行してやっている。

そのきっかけは、長男の小学校1年生のときの「いじめ問題」で、女校長の「子供はいじめで育つ!ほっといてくれ!」のひと言でケンカになり、プロの「子供の命を守るのは親しかいない。」のひと言で、子供を妻の母校「南国市立大篠小学校」に緊急転校させた。
転校には女校長のハンコが要った。ハンコを押した女校長は「あの家はどうするの!」と言った、私はそのトンチンカンな言葉に驚いた。私は優先順位という基準はカッチリ持っている。

しかし、その女校長の言葉通り、建てたばかりの自宅の住宅ローンに加え、南国市の借家の家賃と維持経費と、往復時間とガソリン代が二重以上の重い負担となった、「哀れな教育難民一家」の誕生である。
ふるさとを追われた福島の線量難民、シリアの戦争難民たちの心の痛苦と実際問題の経済生活苦はよくわかるし、今回の「西原眞衣議員への問責決議」も「町会議員ムラのいじめ以上の、男たちのメンタリティの問題」と、私の腹の虫には思える。

今朝の翻訳家からのメールを掲載する意味は重い。
四万十町から娘たちが去って行く原因はこの女性のメールの行間にちゃんと書いてある。

かつては東の付属と呼ばれた名門小学校だった大篠小学校に行くと、はじめて会った新任の校長先生が「これからこの小学校はどうなるのだろう・・・」と悲痛な表情で言った。
六年生が荒れ、窓ガラスは割れ、学級崩壊が起きていた。
私は「ここもダメか!」と思った。
そのとき、「大丈夫です!校長!」と、握りコブシを振り上げ、妻が大声で言った。

学校全体から立ちのぼるどす黒いオーラが見える繊細な長男は、校門から中へ入ってゆけないので、妻は毎朝毎朝正門前に立ち、剣道を教えているPTAの男性に合流して「おはようございます!」と子供達ひとりひとりに向かって声かけ運動を始めた。
次に、母親仲間たちと花壇に花を植え、中沢さんという方が始めていた「朝の絵本読み聞かせ運動」に仲間たちをさそって大勢で始めた、そして、オヤジの会も出来、朝のおはよう運動を1年間続けたことで信頼関係が生まれ、PTA役員になった。

そしてPTA主催「ふれあい文化祭」で「子供達の心の教育のためのマンダラアート」を始め、荒れていた学校も見違えるように良くなり、2002年高知県立美術館での県内18校から800点のマンダラアートを集めての「子供マンダラアート展」、2004年香美美術館での「国際ありがとうマンダラコンクール展」へと発展した。

この国際コンクール展で生じた大負債を支払うために妻は「ギャラリー龍窯」を開廊し、以来現在まで12年間、こんな山奥で活発に画廊経営をしているわけである。
妻は言う、「ものとお客さんがいれば、どんな山奥でも商売は成立する。」

  土佐山田町立美術館(現香美市美術館)での
  「国際ありがとうマンダラコンクール展
  オープニングセレモニー」では天理教雅楽団の
  方々が雅楽の舞をボランティアで奉納してくださった。舞を舞うのは小学生の女の子。2004年 桜咲く頃
。▲

  ありがとうで、ピースな心・ピースな地球をアートする。< ママピースのマンダラアートの会 >

2012年の夏、妻と長男、次男は窯場に帰って来た。
ようやく家族が揃った、時間が持て、成人した男三人で、転校以来14年間で猪の巣と鹿の餌場になってしまった窯場周辺の整備に取りかかっている。

この15年間で世の中は何も変わらなかったようにはみえる。
しかし「ありがとう」という言葉は世界中に広がった。

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16. 西原眞衣町会議員と小保方晴子博士とのシンクロニシティ

西暦2016年1月29日(金)

朝3:15起床、朝食は煎った殻付きピーナッツとコーヒー。
昨年10月頃、鹿が竹の柵の隙間から畑に入り、ピーナッツの葉を食べ、茎だけが残った。
先日、里芋を掘るついでに、諦めていたピーナッツの根を掘り返したら、ちゃんと殻付きピーナッツが出て来た。
昨夕から雨、今日も雨、明日も雨・・・開墾作業をしたいが、せっかくの雨なので、のんびり骨休めをしよう。

次男が、私のHPの検索閲覧回数を調べると、なんと昨日のたった1日で1000回を超えるアクセスがあったことが分かった。
拡散に協力してくださっている方々には心から御礼を申し上げたい。

昨日はテレビで小保方晴子博士(私は博士という称号を使う)の独占手記「あの日から、今日までのこと」出版のニュースを放送していた、アマゾンで売り上げ1位とか。シンクロニシティ(同時発生)というものを感じてしまう。

今回の西原眞衣四万十町町会議員問責決議冤罪事件とSTAP細胞ねつ造事件とは、大きさは、おはなしにならないくらい、全く違うけれども、全く同じ性質の冤罪事件だと私は分析している。
HPの2014年4月の「原生林と自然釉の壷展 *小保方晴子博士頑張れ!」でも書いたが、理研を元の戦前の軍事専門研究機関に戻す「作業」だったと思っている。
ロックフェラーも熊本大学も関与するかもしれないSTAP細胞の巨大な利権の争奪劇は、「トロンOS」の場合と同じように、数十年という時の経過とともに自ずから明らかになってゆくことだろう。
笹井芳樹教授の自殺??のこともあるので、小保方晴子博士の健康は祈らずにはいられなかった。
こうして勇気を奮い立たせて、真実を公開し、再起されたことは心から嬉しい。

今、地方自治体を戦争法案色の自民党の色に染めていこうとする戦前への復古現象がある。
大きな変化は小さなことにも顕われるし、堤防の小さな蟻の穴が決壊につながることもある。

ここまで書いた朝6:20に翻訳者からメールが来た。
最初、そうは読み取れなかったが、重要な資料なので、以下に掲載させて頂く。

〜武吉様
 
情報伝達をします。教育委員会には大変な不信感と危惧を抱いている武吉さん夫妻への、私の直近の試みの伝達です。
 
兼ねてから何をしているか不透明極まりない、教育研究所と言う教育委員会の付属組織の事です。
設置目的は「学力の調査・研究」です。
ここには、所長、教育相談員、教育支援員、スクールソーシャルワーカー、教育研究員がいます。
かって公募はなされたことがありません。
スクールソーシャルワーカーが、今回初めて、1月号広報で公募されました。
報酬は、全て一般財源(町が自由に使い道を決められる財源)から出ています。
法律上は、「置くことができる。」で、「置かなくてはならない。」ではありません。
そこで、学校教職員の退職後の天下り先と化しています。
少なくとも、歴代所長、教育相談員は全員学校退職者です。研究員のみが県の教育委員会からの出向です。

驚くべきことに、ここには、公文書目録が存在しません。
広報誌も発刊していますが、学校に配布されているのみです。
教科書を置く図書館のようなものも、事務所の一角にありますが、これも周知されたことがなく、誰もその存在を知りません。
所長は月に20日の勤務で、月額報酬、約22万円を受け取っています。
この人は年金の満額受給者であり、なおかつ半額公費負担で厚生年金が掛けられています。

この人の仕事ぶりの全貌は知る由もありません。けれども私が直に遭遇した事例がいくつかありますので、それをお知らせしたいと思います。この人を採用するにあたって、その資質を果たして査定しているのか、ご一考をお願いします。
 
1. 教育研究所運営委員会の傍聴を申し出た際
 
西原:友人が私と一緒に傍聴したいと言っているんですが、問題ありませんか。
 
戸田昌秀所長:さあ、別に問題が起こるようなことはないと思いますけどねえ。
 
西原:あなたが会の主催者なのではないですか、あなたが、決めることではないのですか。
 
2. 広報誌に目を通そうと考え、探す。どこにも見つからないので、事務所を訪ね。
 
西原:広報誌はどこにあるのですか。
 
戸田所長:さあ。
 
3. 運営委員会の議事録が気になって
 
西原:議事録は取っているのですか。
 
戸田所長:職員がメモは取っています。
 
*備考:数年たって、議事録を取ることにしたそうです。
 
4. 所管の公文書の目録がないと聞くので、代わりに簿冊管理票というものを情報公開請求する。
  3週間が経過、学校教育課岡次長に電話。

 
西原:いつ頃開示できそうですか。
 
岡次長:戸田所長が提出したものは、とても外部に出せるようなものではなかったので、今研究員に書き直しを命じています。
    研究員が今夏休みを取っているので、もう少し待って下さい。
 
西原:所長の職務は、事務統括、全般的な連絡調整、指導と書いてあったのですが、外部に出せる所管の公文書の目録も
   作成できなくて、所長が務まるものなのでしょうか。甚だ疑問です。
 
岡次長:そうですね。
 
*備考:開示された簿冊管理票には、文書名と作成元が書かれてあった。作成元の9割は、研究員一人であった。
 
5. 教育相談員の石崎豊史氏(現職ではない)にした質問
  教育相談員は、週に3日の勤務で月額報酬9万円です

 
西原:スクールソーシャルワーカの採用には何か資格要件があるのですか。
 
石崎:あなたは、どういう目的でそのようなことを聞くのか、それはプライバシーの侵害になるのではないか。
 
*備考:因みに石崎氏の後任である、現教育相談員山崎一氏は、学校教職員退職者であり、
    教育長川上哲夫氏のマラソン仲間であると、伝え聞いています。
 
以上です。これら全ては、私が実際に体験したことです。

今私は町長部局に上記を伝え、所長の新人事を要請しています。
「教育長に人事権があるので、教育長に、所長の公募を要請した。」との回答が、
森副町長より私宛にあったばかりです。経過を監視して下さい。


〜西原真衣
 
 私たち夫婦は15年間という歳月「子供たちのこころの教育としてのマンダラアートの普及」に尽力してきたが、目にみえる「排除」はないものの、「現状維持」という言葉を教職員に指示しての教育委員会の「冷たい壁」を肌で感じて来た。
最初はいいことだから当然協力してくれるものと信じて始めたが、ついに、この「冷たい壁」は確信に変わった。
これが、学校からいじめがなくならない根本原因で、教育委員会(文部科学省)が、明治以来のそして戦前同様の徴兵制度の復活を目指していることからきている・・・と思わざるを得なかった。
こういう私たち夫婦の心を知り、西原眞衣四万十町議会議員はこのメールを送ってくださったと思う。

自然釉でも行財政でも同じで、実際に、存在をかけて、やった人間でないと分からない。

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17. 辻本明文館長と森山典将副館長が三度目の来廊で謝罪。
       個展フライヤーの件は解決。

西暦2016年1月29日(金) 14:00 頃

ギャラリー龍窯入り口にて

辻本明文 美術館・図書館館長:「武吉さん。」

妻:「はーい。」

辻本館長:「報告をせないかんことがありまして。」

妻:「まー、おいでて下さいましたか。」
  「不慣れな図書館・美術館長をせないかんき、大変よねえ。」

辻本館長:「置かさしてもらうことになりました。もう置いてますので。」
     「これから、情報発信もしていきます。」

妻:「そうですか。これから奥四万十博もあるきねー。」
  「雨の中、わざわざおいでいただいてありがとうございました。」

<追求は厳しい・・・あい変らず置けない「西原レポート」>

西暦2016年1月30日(土) 曇り、開墾作業。

〜朝9:20に妻が図書館に再確認のための電話を念のために掛ける。

妻:「陶芸の武吉ですが、昨日は館長さんと副館長さんが謝罪に来ていただきました。
   一応、確認ですが、ウチの個展フライヤーは棚に置いていますか?」

森山副館長:「置いています。1月15日(金)から置いています。」

妻:「昨日、辻本館長さんは情報発信もしてゆきたいとおっしゃっていましたが、『西原レポート』は置けますか。」

森本副館長:「作品とかそういうもののフライヤーとかは置かさしてもらいますが、
       個人のものは置かないというようにしています。」

妻:「個人といっても議員さんで、公人のものなので、置いてもらいたいという声がたくさんあるので、
   置いてもらいたいです・・・。 昨日はおいでてていただいて本当にありがとうございました。」

〜以上

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18. 西原眞衣四万十町議会議員への問責決議撤回と、
  謝罪とを17名の四万十町議会議員に対して、要求する。
  西原議員の名誉回復のために!
  我々町民との選挙公約を誠実に守り、
  合法的に財政改善調査を遂行した義人を罪人に仕立て上げるな!
  財政破綻から我々を救うかもしれない『西原レポート』を勉強しよう!

西暦2016年1月30日(土)

朝 3:00 起床、里芋とコーヒーで朝食。
HPの検索数の上昇グラフを作成。
一昨日28日は一日で1097回、昨日29日は一日で1181回も誰かがクリックして読んでいることになる。
フォロアーもだんだん増えて来ていることは各方面からの、激励の、いい反響で分かっていたが、これほどの数値は期待していなかった。緊張するし、やりがいもある。

来る2月9日(火)の臨時議会で、「借金だらけの会社で従業員の給料を上げるような」愚かな県人事委員会の通達勧告を受け入れ、町職員の給料値上げが可決されてしまうと、今まで通り以上に、さらに、財政赤字が膨らみ、どんどん、夕張市のような財政破綻に近づく。
この、今からたった10日後に開かれる2月9日の臨時議会まで、西原レポートを町民の目に触れないように排除するため、昨年の9月議会で問責決議をでっち上げ、昨年暮れに各家庭に配布された12月号の町の公報で「西原眞衣議員に対し問責決議を全会一致で採択」とデカデカと書き、西原議員と西原レポートを貶めた。

そして図書館・美術館に「個人のものは置かない。」とインチキ規定で「西原レポート」と私の個展フライヤーを排除しようとした。この2点には議会中継を見ていた私の腹の虫が治まらなかったので、こうして紳士的抗議運動を展開させてもらっている。

これは、ことの分かった人々への提案だが、みんなで議会に問責決議を撤回させ、西原眞衣議員の名誉というものを回復し、それから、分かりやすい財政改善策の「西原レポート」を説明していただき、しかる後「借金だらけの会社で従業員の給料を上げるような県人事委員会の給料値上げ勧告」を議会で否決すべきであろう。

2007年に財政破綻した夕張市は以後10年を経ても、なかなか地獄から浮上出来ずにもがき続けている。
他人ごとではない。
町役場職員の方々も町議の方々も、我々町民と同じように職を失うという極めて恐ろしい結果になるのである。

そして現在、これは四万十町にだけ起こっている問題ではない、日本中の地方自治体で起こっている極めて重要な問題である。


*参考資料としてご覧下さい。 http://www.town.shimanto.lg.jp/dl/dtl.php?k=4&i=37 (PDFファイル/26ページ)
 以下がその内容です。

<四万十町議会だより 第37号 26ページ 平成27年11月10日発刊

問責決議案/委員会報告

西原眞衣議員に対し問責決議を全会一致で採択

西原眞衣議員に対する問責決議について(全文記載)

9月議会一般質問での西原議員の発言に対し、町民から多くの申し出が議会にあり、発言内容について9月17日開催の議会運営委員会において、発言者西原議員と実名で名指しを受けた両者より、それぞれ発言内容について意見、考えを聞いた。
その結果、数字などについての発言の違いは西原議員より訂正と陳謝が行われた。

一方、町民から指摘を受けた不適切な発言内容や、裏付けのない個人同士の発言については、本人からの取消と陳謝はしないとの意見であったが、議会運営委員会の結論としては、この発言部分においては地方自治法129条の不適切・不穏当な発言、また地方自治法第132条・四万十町議会会議規則第102条の品位の保持に触れるとの結論に至った。

また、これまでの一連の本会議での発言についても、議会の秩序・品位がないとの意見が四万十町議会に多くあり、議会運営委員会でもこの点を重視すべきとの意見があった。

結論として、町民からは議会の権威の失墜を指摘されており、このままでは正常な議会として町民の負託に答えることが困難であるとの意見で一致し、これまでの西原議員の発言を看過することはできず、今後においては不適切・不穏当な発言を改める意味や、四万十町議会を品位あるものとするためにも西原議員に猛省を促すべきとの結論に至った。

ここに地方自治法112条、議会会議規則第14条に基づき、西原議員に対し問責決議を求めるものである。

以上決議する。 平成27年9月18日 四万十町議会

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19. 共闘へは、相互理解と摺り合わせが必要です・・・の翻訳家からのメール

西暦2016年1月31日(日)

朝 2:45 起床、春のように暖かい。里芋をタワシで洗って蒸し、コーヒーを点て朝食。

昨日、原稿校正確認と共闘をせっかちに申し入れた私の8:00のメールに対して、翻訳家から14:46にメールで返事が届いていた。以下に掲載させていただく。

〜武吉さんへ
 
内容は良く理解できます。けれども、私の問責決議自体が、議会運営委員による緊急動議から始まりました。
提案者は、8名、私以外の全会一致で可決されました。
 
私のレポートの排除と、問責決議には直接の関係はないと私は見ています。その点で、まだ意見の一致を見ていません。
ただ、財政状態の正確な認識が、議会にも町にも欠落していることは事実です。
確かに私は、あの議会では財政を学んでいる方です。が、まだ勉強が足りていません。
「予算書を学ぶ会」を立ち上げて、その中から次世代の議員を育成していきませんか。
謝罪は無理だと思います。

彼らは、共謀しているというより、認識できていないのです。
まだ、私と武吉さん達との相互確認作業が必要だと思います。
これは、今の日本全体に蔓延しているモラルハザードです。
彼らは、情報通でも戦略家でもありません、その力量を持ち合わせていないのです。
誤解かも知れませんが、それであれば、まず私の誤解を解いて下さい。
でないと共闘は継続しません。
 
問責決議後に議長に提出した公開質問状を添付します。三部の内一部がぬかっている可能性があります。
この公開質問状への回答は、「これは既に議決を経たことであり、再調査の必要を認めず、従って回答しない。」というものでした。

四万十町議会議長 橋本保様 平成27年10月6日   四万十町議会議員 西原真衣  

<公開質問状2>

(1)問責決議文中の、「実名で名指しを受けた」という件は、厳密に解釈すれば、議会が事実確認をできない個人的な
   会話内容を実名と共に出したということなのか。

(2)(1)がそうであるならば、本人の言論によって、その立場にふさわしい見識の持ち主であるかを検証する権利が、
   議員は固より、一般住民にはあると考える。今後は録音等により、事実であることを自らが証明したいと考える。
   録音を議会運営委員会で、議会運営委員会は録音ヲ事実認定するのか。
   かって、職員と議員のやり取りの録音が、議長によって提唱された経緯を踏まえての回答を求める。

(3)情報公開審査会会長、吉永穀一郎氏は、私が、会議の公開と議事録の公開について、また公開できない理由について
   質問した時になぜ、「上位法である情報公開・個人情報保護審査委員会設置法中に、審議の手続き、手法はこれを
   公開しない。と書かれてあるので、審議も議事録も公開できない。」と答えず、
   代わりに「我々は今や一町民であるので、議員さんに傍聴されたら、委縮する。」と答えたのか。

(4)18日全員協議会の場で、橋本議長は、私に対して初めて、「上位法である、情報公開・個人情報保護審査委員会
   設置法中に、会議の非公開が書かれているので、当然、四万十町情報公開条例、情報公開審査会条例、審査会規則も
   その制約を受ける。」と伝えたが、事務局長宮地氏より10月5日に聞いた所では、17日8:30分に吉永氏と中川氏が
   議長室を訪れ、情報公開・個人情報保護審査委員会設置法の資料を議長に提出したと聞いた。
   例え、四万十町条例、規則中に書かれていなくても、非公開の理由として、上位法に鑑みた、非公開理由の根拠を、
   電話で異議申立人に説明できなかった審査会長であることの事実は今回判明したのではないか。
   これは、議会が確認できる事実ではないのか。

(5)情報公開・個人情報保護審査委員会設置法の解釈について、所管庁である内閣府情情報公開・個人情報保護審査委員会
   事務局に問い合わせた。

   第14条:審査会の行う調査、審議の手続きは公開しない。

   質問:審議の手続きというのは、審議内容の事を指すのか。

   答:そうだ。

   質問:公開しない理由は何か。

   答:異議申し立ての原因となった、非開示情報が、審議中に含まれている可能性があるためである。

   質問:それでは、その非開示情報(この場合は、本会議の録音テープ)の内容に言及することなく、録音テープが、
      そもそも情報公開の対象となりうるか否かを、一般論として審議することが100%可能であると判断できるが、
      そのような場合でも非公開理由となるのか。

   答:それは審査会の答申内容に関わることであるので、この法令の解釈外の事であるので、回答はできない。

   以上の質疑内容からして、審議内容の公開は、録音テープの内容(本会議の内容)に触れず、一般論として
   審議する事には何ら問題はないと考える。
   
内閣府の情報公開・個人情報保護審査委員会設置法事務局が解釈外であり、審査会判断の領域(答申に関わること)であると言っている部分を、「上位法の制約を受ける」と、一方的に判断した、審査会長、議長の見解を、内閣府情報公開・個人情報保護審査委員会設置法事務局の法令解釈に照らし合わせて、再び聞く。

四万十町議会議長 橋本保様 平成27年10月15日   四万十町議会議員 西原真衣

<公開質問状3>

先日議会事務局で、情報公開審査会長、吉永穀一郎氏を見かけ、職員に問い合わせたところ、議長の許可を得て、9月定例会の私の一般質問中、情報公開審査会に言及した部分のみを製本前の議事録であるにも関わらず、閲覧させ、審査会委員に見せる目的で複写を取り、持ち帰らせたと聞きました。

今回の問責決議文中にもありました、「私の今までの議会での一連の発言も含め、猛省を促す」の件に関わる、本会議及び、会議終了後に開かれた、ケーブルでの議会中継の延期に関わる全員協議会の議事録を私自身が製本前に閲覧申請した時にもし、それらの議事録の表紙にはマル秘と書かれており、部外には持ち出さないようにと指示を受けた事を記憶しています。

当時は宮地議長の判断でしたが、今回は、私は、その時少なくとも現職議員でしたが、多くの町民の一人として問責決議分中にも位置づけられた吉永氏に、閲覧前の議事録の閲覧と複写、持ち出しを許可するのは、議長として、議会運営上の整合性が見受けられません。
更に、正しく私が、今回の一般質問中に織り込んだ、私自身の異議申し立てに対する情報公開審査会の答申内容(添付)に違う申し出が、吉永氏自らからあったこととなり、審査会長として見識に聊か疑義が残ります。
私の情報公開請求の対象は、本会議の録音テープでしたが、製本の為の資料であり、議長の議事録調整権限に属するという理由で非開示でした。製本前の議事録も同様ではないのでしょうか。

その後「議会運営実務」により、「議員本人の質問とその質問に対する執行部の答弁のみは、視聴できる。」と、宮地議長から、判断の訂正がありましたが、全国市町村議長会編纂の「議会運営実務」に従い議会運営をしていれば間違いないという安易な発想に、違和感と憤りを覚えましたので、テープの視聴はしませんでした。

問題が生じれば、上に問い合わせ、指示を仰ぐという慣行に甘んじている内は、議員同士の議論等、絵空事でしかないと思います。権力の監視が議会の責務です。
事前に整理でき、調整できる論点だけを取り上げ、当事者同士を同席させないという手法で統合を図り、問題が生じれば、事後的に根拠法を探して対処するという慣行は、官僚制その物です。
二元代表制は、互いに似ることで機能不全に陥ります。このような慣行に甘んじる議会は決して権力の監視はできません。
なぜなら権力はその本性が恣意的なものであり、非常に巧みに嘘をつくからです。
自らの手法に整合性、首尾一貫性が欠けていれば、決して権力の嘘を見分けることはできません。

そこで私は、3つの選択肢を提示して、このような議会の品位と権威を失墜さすことに繋がりかねない慣行からの脱却を図ることを堤案します。その目的で、私は、新人議員研修で、講師を務めた、田口一博氏に問い合わせました。

選択肢1.議会の権限、地方自治法100条による調査権限は、必ずしも、100条調査特別委員会の設置を前提として
     いないこと、招致する証人は、有権者でなければならないこと、証人には拒否権がないこと、証人の招致には、
     議決がいること。

選択肢2.地方自治法115条の2:議会は本会議において公聴会を開催でき、参考人を招致できる。
     この規定は委員会にも準用できる。参考人は有権者である必要はないが、拒否権もある。
     参考人之招致には議決がいる。

選択肢3.吉永氏は、町長によって委嘱された、情報公開審査会長であり、公人である。公人は、議会本会議に議事説明員と
     して、町長指示によって出席できる。

以上いずれかの手法によって「事実無根の事を言われ、侮辱され、心象を甚く害している」と聞く吉永氏に公の場での弁明の機会を与えると共に、当事者間(私と吉永氏の質疑応答)の議論を公の場で行い、互いの疑義を晴らし、議論を広く公にすることを提案します。

〜以上で翻訳家からのメールの掲載は終わる。

この法律専門用語という暗号で書かれた翻訳家からの古文書を、田舎ボケの陶芸家が自分の脳のサイズにめちゃくちゃ縮小させ、ヒエログリフを解読したシャンポリオンのように解読すると、以下のような3000年前の象徴的会話となる。

エジプトの一等航海士が海図を見ながら、セウォル号の舵をとる船長に言う。

西原航海士:「船長、航路を大きくはずれています。今までと同じように、高速で、進路を変えずに進めば、
       前方の「財政破綻という有名な恐ろしい暗礁地帯」に乗り上げて沈没してしまいます。
       2007年には夕張丸がそこで船底に穴が空き沈没した記録を読みました。」
 
セウォル号船長:「済んだことだ。」

・・・非常にシンプルである。もっと分かりやすく書く。

平成の大噴火:「あなた!浮気してるわね!」

私:「済んだことだ。」

これではただで済むとは思われない。私は確実に刺される。

これは四万十合衆国の男の脳の風土病である。BSEの一種であろう。

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20. 地方自治体が財政破綻すれば実際にどうなるのか・・・夕張市の場合

夕張市の場合、2006年に350億円を超える赤字(四万十町は現在271億円の赤字)が突然表面化し、財政破綻しました。
2007年3月、日本で最初の「財政再生団体」となり、公務員の給料は平均で4割削減され、職員数も260人から半分以下の100人に減らされました。議員数も18人から9人に減らしました。
市民税3000円から3500円、水道料、下水道使用料1470円から2440円、軽自動車税1.5倍などは軒並み値上げされ、ごみ出しも有料となりました。
小学校6校と中学校3校は、それぞれ1校に統合されました。
市役所以外に5か所あった行政窓口もなくなり、運転できない人にとっては、住民票を取得することさえ一日仕事になってしまいました。
夕張市立総合病院は診療所に縮小され、人工透析のために隣の岩見沢市立総合病院まで通う人たちのマイクロバス代は、市の基金で補助しても、現在1人あたり1か月に2万円かかっています。

こうした「最高の費用で最低のサービス」の結果、人口の流出が続いて、2013年に1万人を切り、企業誘致もあまり進まず、今でも厳しい状況です。

<夕張市の財政破綻したその後!日本の地方財政が高齢化でヤバい現状>

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21. 現在の夕張市を基準にして四万十町を妄想する

西暦2016年2月1日(月) 朝?1:45 起床

20章の夕張市の記事を読みながら考えた。
そして町報の26ページの上半分の記事と下半分の記事の意味を考えた。
これはあくまでボケた陶芸家の妄想である。

夕張市は2006年に350億円の赤字が突然表面化して,翌年2007年に財政破綻をした。
住民達は寝耳に水だった。
役場職員は260人から100人に減らされ、給料は4割削減された。議員数も18人から9人に減らされた。
東京都庁から出向の若き町長は手取り20万円。

<妄想>

2006年に十和村と大正町と窪川町の3町村が合併して四万十町になった。
2007年、四万十町は271億円の赤字を抱え財政破綻した。
住民達は寝耳に水であった。
それぞれの町村の役場職員は半分になった。給料は4割削減され、平均41万2800円が平均24万7680円になった。
町民の平均所得は18万4800円である。
議員数も18人から9人に減らされた。町長の給料は20万円。

<妄想終了>

町報26ページの上半分を財政改善のための「西原レポート」の掲載に置き換えてみよう。
四万十町議会事務局のHPによると西原議員は総務常任委員会の委員で、その議員としての職務は行財政と指定管理者、協会、ケーブルテレビ・・・等々の調査である。
彼女の優秀で重要な経済改革レポートが上半分にくるので、誰が見ても合理的な構成になる。

そして、そのペーシの下半分に「地方創生調査特別委員会報告」という橋本議長から中尾町長に向けた四万十町町づくり政策提言レポートが掲載され、1)ひと 2)食糧 3)エネルギー の項目が来る。
つまり財政問題の提言は一字もないのでお互い補完しあって完璧な提言になる。

この「妄想」のような財政改善案を受け入れる四万十町役場職員と四万十町議会議員たちと四万十町長が存在するであろうか、彼らはこういうレポートを受け入れるであろうか。
これが今回の「問責決議」の根底にある強い感情であろう。

それで「西原レポート」を抹殺すべく、代わりに「西原眞衣議員に対し、問責決議を全会一致で採択」という記事を掲載したのであろう。
こういうことが金太郎飴のように日本中の地方自治体で起こっていると考えると、2040年には全国の地方自治体のうち半数が消滅の恐れという予測は現実のものと成っていくに違いない。

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22. <公開質問状1>と共闘の必要条件からの未来展望

西暦2016年2月1日(月) 

昨日16:50に翻訳家からメールが2通来ていた。
その時点では開墾作業の疲労のため左右の目玉の焦点距離が合わなくなって来ていたので、山の畑に登って来た妻から概要の報告を聞いて、そのまま開墾を続けた。
今回の「個人のものは置けません。」の件で開墾作業日程が10日間以上遅れている。

まず第一のメールは、問責決議への<公開質問状1>であった。
19章「共闘へは、相互理解と・・・」に<公開質問状2>と<公開質問状3>とを掲載したが、欠落分の<公開質問状1>を以下に掲載させて頂く。

<公開質問状1>

四万十町議会議長 橋本保様 平成27年9月   四万十町議会議員 西原真衣

{ 西原真衣議員に対する問責決議 }

{ 9月議会一般質問での西原真衣議員の発言に対し、多くの町民から指摘が議会にあり、発言内容について9月17日開催の議会運営委員会において、発言者西原議員と実名で名指しを受けた両者より、それぞれの発言内容について意見、考えを聞いた。
その結果、数字などについての発言の違いは、西原議員より訂正と陳謝が行われた。}

◎質問

1/多くの町民とは、何名のことか。

2/多く町民の指摘が議会にあったとあるが、
  電話、来訪、来訪者による間接的な伝聞のいずれの手法によるものであったかを個別に聞く。

3/多くの町民と実名で名指しを受けた人物との関係性について聞く。
 
4/指摘の内容について、具体的に聞く。

{ 一方、町民から指摘を受けた不適切な発言内容や、裏付けのない個人同士の発言については、本人からの取り消しと陳謝はしないとの意見であったが、議会運営委員会の結論としては、この発言部分においては地方自治法第129条、第139条及び、四万十町議会会議規則第102条に触れるとの結論に至った。}

◎質問

5/前半の経過説明部分「一方、町民から指摘を受けた不適切な発言内容や、裏付けのない個人同士の発言については、
  本人からの取り消しと陳謝はしないとの意見であったが、」と、
  結論である、「議会運営委員会の結論としては、この発言部分においては地方自治法第129条、第139条及び、
  四万十町議会会議規則第102条に触れるとの結論に至った。」間に、
 「本人からの取り消しと陳謝はしない」理由を本人から意見聴取した上での、
  本人の提示した論点に対する言及が示されていないのは、なぜか。

本人西原の提示した論点

(1)実名を出したのは、情報公開審査会委員5名であり、情報公開審査会条例によれば、
  「情報公開に関する見識のある者の内から、町長が委嘱する。」とあるので、
   公費によって費用弁償が為される公人であり、審査委員名として実名を出すことに問題はないと判断した。

(2)裏付けのない個人同士の会話に関しては、審査会の公開、議事録の公開に関する、審査会長の発言内容であり、
   電話録音等はないので、証拠には欠けるが、確かな記憶があり、その発言内容が、審査会会長の情報公開に関する
   見識を表していると判断した上で審査会のあり方及び、町長の人選のあり方を質す目的で、
   本会議の一般質問の中で、その発言内容に言及した。

6/議会運営委員会が意見、考え方を徴収した人物は、四万十町環境雇用創出協会(ごみの収集、運搬を町が委託している
  NPO法人)の事務局長と、情報公開市境の審査会長であったが(その後に議会運営委員会に意見、考え方を聴取された
  西原が目撃した)、議会運営委員会は、事務局長、審査会長、西原の3者を対面させて、意見聴取しなかった理由は何か。

7/事務局長の指摘とは具体的に何か。

8/審査会長の指摘とは具体的に何か。

9/西原の意見聴取時に、「天下りという表現は品位に欠ける。」と議長から指摘を受けたが、
  天下りは、新聞等でも通常使用され、国会質疑でも天下りは言及されている。
  品位に欠けるとして、公器と見なされる新聞に、天下りという表現が使用されたり、
  国会議員が、質疑の中でのこの表現によって問責されないのはなぜか。

{ また、これまでの一連の本会議での発言についても、議会の秩序、品位がないとの意見が四万十町議会に多く寄せられ、議会運営委員会でもこの点を重視すべきとの意見があった。}

◎質問

10/一連の本会議での発言とは、具体的にどの本会議のどの部分を指しているのかを聞く。

11/多く寄せられたと聞くが、何名であり、電話、来訪、来訪者による間接的な指摘のいずれであったかを個別に聞く。

12/私の発言のどの部分に、どのような指摘があったのかを具体的に聞く。

13/意見を寄せた人物が、私の発言内容と関わりのある人物であったかを個別に聞く。

14/これまでの一連の本会議での発言中、「裏付けのない個人同士の発言」がどの箇所に散見されたのかを具体的に聞く。

15/四万十町議会は、かって私の一般質問に内容に、「事実と異なる内容が含まれている可能性があるので、
   事実確認のため、議会の再放送を延期します。」として、ケーブルテレビによる議会放送を50日間中断したが、
   その時どのような事実確認をしたのかを聞く。

16/今回、「裏付けのない個人同士の発言」の事実関係を議会が確認することは不可能であり、
   そのような発言自体が、個人の名誉を傷つける不適切な発言であり、議会の品位を貶め、秩序を乱すとの指摘を
   議会運営委員会の席で受けたが、それではなぜ、敢えて前回は、事実確認を理由として、
   ケーブルの議会再放送を中断したのか。事実確認は不可能ではないのか。

{ 結論として、町民からは、議会の権威の失墜を指摘されており、このままでは正常な議会として町民の付託に応えることが困難であるとの意見で一致し、これまでの西原議員の発言を看過することができず、今後に置いては、不適切、不穏当な発言を改める意味や、四万十町議会を品位あるものとするためにも西原議員に問責を科すべきとの結論に至った。
よって、ここに地方自治法112条、議会会議規則第14条に基づき、西原議員に対し言動について猛省すべきことを勧告する。
以上決議する。}

◎質問

17/議会の権威の失墜を指摘した町民とは、質問内容に関係ある町民か否か。

18/指摘を受けた、「実名で名指す。」「裏付けのない個人的発言」と見なされるものは、
   どのような設問の意図、目的によろうと、不穏当で、不適切な発言であるとの見解が四万十町議会にはあるのか。

19/その実名が、町長の諮問機関であり、町長から委嘱を受けた、審議会委員等の実名である場合、その人選のあり方を
   質す目的で、その委員名や、その審査会の運営に関する委員の言動に触れることで、その委員としての見識に対する
   疑義を呈することは、行政を監視する役割を担う議会本来の姿であると考えるが。
   四万十町議会の見解を聞く。

問責決議に至る経過説明

9月定例会の最終日に、18日に、下元昇副議長より、動議が提出され、議会運営委員会名の提案理由の説明の後、問責決議案が提出され、全員一位で可決されたが、その間、問責の対象となったに西原は、動議提出後、議場からの退席を命ぜられた。

提案理由の説明後、議場に戻り、弁明の機会を与えられた。
弁明の主旨は、「四万十町情報公開条例、情報公開審査会規則中には、審査会の公開・議事録の規定がないので、審査会長の言論によって、情報公開審査会の公開、議事録についての認識を質し、併せて、設置責任者である、町長に情報公開審査会のあり方及び審査会委員の人選についての認識、見解を質した。」であった。

弁明直後に、橋本議長より、「上位法である、情報公開・個人情報保護委員会設置法中の、審査手続き、手法の非公開の原則が優先する。」との言及があった。
ここで、議場からの退席を命じられた。
その後、討論、議決を経て、議場に戻り、全会一致の決議結果が告げられて、散会となった。

◎質問

20/問責決議の対象者である西原には議決権がないので、議決時には退席を命じられることは理解できるが、
   提案理由の説明、決議文の内容、討論までの過程を、当事者である西原が議場で傍聴できないのは、理解できない。
   この判断、行為に、四万十町会議規則、地方自治法上のいかなる根拠があるのか。

〜以上が<公開質問状1>である。


2通目のメールは以下に掲載させて頂いた。

〜武吉さんへ

確かに財政危機は、分かりにくく、実感を伴いません。
分かりやすさは、説明要請の強さに比例して醸成されるものですから、「政治に対して説明を求めることと、それに応答することの、この国に置ける長年の慣行上の不在」から生じているし、また、これこそが同時に、明治開国以来の「操作と撹乱」による、官僚支配の道具であると痛感しています。

開国以来ではありませんね。
徳川は、「依らしむべし、知らしむべからず・」だったのですから、良く考えてみれば、それを換骨奪胎して踏襲したわけです。
だからこそ、これを、開国以来のこの国の高等教育が育成した、「知見」によって分解し、再構築(リバースエンジニアリング)、し、本来の住民主権を奪回したいというのが、私の、失地回復のための戦略であり、欲望なのです。

その意味で、西原レポート発刊への賛同には、深く感謝します。
このレポートを図書館に置くのを拒んだ教育委員会とは、戦いたいと言う気持ちが、私には強くあります。
ただ、財政破綻が仕組まれていると言うシナリオは、現在ピンと来ていません。
原発立地政策がからんでいるからですか。電源立地交付金の事でしょうか。

それはさておき、図書館等という公共空間を巡る、我々と教育委員会の認識の乖離の中には、やはり、「政治に対して説明を求めることと、それに応答することの、この国に置ける長年の慣行上の不在」から来る、「公」というものへの、無理解が抜き難く存在しています。
中立性とは、政治と利益の排除のことでしょうか。
政治的中立性なんて、物質界に真空が存在できないように、人間社会に置いて存在できないと私は思います。
全ては政治です。
アナーキストでない限り、どの様に統治されたいかを述べ、選ぶためには、政治的意見を形成する必要があります。
その機会の提供は、実に公の空間にこそふさわしいことのはずです。
ここが、この国の、途方もない政治的未熟からの脱却のための、踏破すべき一里塚であると思いませんか。
まずは、ここで、私は、共闘したいと思います。

〜西原眞衣    
 
というメールであった。
共闘に向けての必要な政治的意見が、私ことボケた陶芸家にたいして有るのか無いのか論理的に問うてきている。
私は1月9日から22日間、毎日毎朝さんざん辻本館長と中尾町長に悪態をついてきたが、こうしてその矛先が自分に向けられるとなると、筆鋒鋭く追求される側のつらい気持が味わえた。
フランス革命のとき、ギロチン伯爵という方がギロチンを発明したが、彼もギロチンで処刑された。
因果応報はこの世の厳しい法則である。

私は困った。
翻訳家との共闘の前提としての政治的意見あるいは利権でもなんでもいいが、とにかく、共通項というものが当然要る。
しかし、それ以前に、無くてはならない私の政治信条というビジョンは、もはや昨今までの国単位での国際政治の概念が、モンサントや、たったの2社に統合が進んだ超巨大食糧メジャーのような多国籍企業が世界各国のリーダーを裏で動かす様相に変わり、まさに9.11のツインタワーのように崩壊していっている途中にあるのである。

中学生のとき、「大正デモクラシー」というニックネームの気骨のある老先生だったか、誰だったか忘れたが、こう看破した。
「共産主義は警察国家で終わり、民主主義は衆愚政治で終わる!今に見ていなさい!」そしてソ連が崩壊した1990年に、誰からか思い出せないが「次は資本主義が終わる。」という 言葉を確かに聞いた・・・のである。

世界各国でデフォルトの連鎖反応が起こり、政府が無くなる、通貨が無くなる・・・かもしれない・・・という未来が今まさに見えそうな状況である。
お金の仕組みが崩壊する前に、できるだけ人類の痛みが少なくなるように、強固な信頼関係で成立するユニティをつくり、四万十町の豊かな穀倉地帯という自然のなかで、カロリーベースでたったの39パーセントしかない日本の食料自給率を増やすための方向性を探ろうとしているのである。

これはもはや翻訳家の語彙のなかから選択するとしたら「アナーキスト」でも「真空」でもないし、「私の望む統治形態」という言葉を使うならばアーミッシュのような信仰を基盤にした「生活共同体」に近い。
あるいは1988年頃のアルゼンチンのデフォルト後の大学を中心にした交換券での経済共同体を連想している。
一過性のプロセスであっても以前の政治形態へのリセットボタンであることには変わりがない。
何十年かの混乱期を経て新しい世界連邦制のような政治形態に進化するかもしれない。
これが、今、皆に笑われつつやっている在来種の種のための開墾作業の理由である。

ここ四万十町は標高100メートルから300メートルの高地にある、山津波の心配はあっても津波の心配は無い、高知で最も豊かで広い穀倉地帯の一つで、雨も高知県で一番多い、つまり清浄な水資源が豊富に存在する・・・だから私は38年前に此処にやってきた。
この間氷期の1万年間を俯瞰すると、縄文、弥生時代を通して、縄文海進と呼ばれる火山噴火、地殻変動期には標高が高く広い二つの土地が栄えた。
その二カ所とは、縄文後期の3500年前に栄えた、早明浦ダムのある、本山町一帯の松の木遺跡を中心にした王国と、高知県出土の銅矛の約半数が出土した弥生時代の王国、四万十町である。

この「21世紀の世界の聖地のひとつになり得る四万十町」で、チェック機能を失った議会と町長が団子になってセウォル号の舵にとりついている。
海図を振りかざし、迫り来る座礁の危機を叫んでいる一等航海士に、「乗客の修学旅行生には何も知らせるな!」と航海士仲間達全員で、その一等航海士に対して「問責処分」という刑罰を科した・・・。

・・・という風景に、このボケた陶芸家の脳には思える。

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23. シールズ登場?

SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy-s)とは、
自由で民主的な日本を守るための、学生による緊急アクション。 SEALDs

西暦2016年2月2日(火)

朝 2:00 起床 仕事を終えた長男が少し私の肩をもんでくれて就寝、まるで夜勤の交代。
朝食は米、お正月から一ヶ月で里芋実験は終了した。
研究テーマは「縄文人は里芋を皮ごと食べたか?皮をむいて食べたか?」という大層なものであった。

翻訳家の「問責決議への公開質問状」を読み解いてゆくと本当に面白い。
このような一級資料は、まあめったにあるもんでない。
なにより、稗田阿礼のような翻訳家の記憶力はすさまじい。
克明に描かれた正確な資料が存在するので、修士論文でも博士論文でもなんぼでも書ける。どんどん書けば良い、許可する。

「四万十町の現実と未来予測ーある地方自治体の合併から財政破綻までの道のりー」
「四万十町にみる、地方自治体の首長と地方公務員と代議員制度の崩壊」
「四万十町における問責決議という冤罪事件とその背景」・・・。

どこの田舎でも普通に起こっている病理集団並みの出来事ではあるが、今回のように立派な役者が勢揃いして「ネット四万十日報」で生中継されることはめったにない。
上からの圧力で地元テレビや高知新聞では絶対取材できないし、書けない。
そしてこれは原発推進を明言する、官僚出身の尾崎知事の、戦前回帰が著しい高知県での、典型的事例である。

今回の問責決議事件は、問題の発言場面の議会中継のテレビ録画が出てくれば起きることは無い。
私も妻も9月にテレビでその西原議員の発言場面を見ていて、12月の町報に問責決議と出ていて「なんだ!これは!」と腹の虫が治まらなくなったわけである。
そもそも議会テレビ中継は今から30年以上前、12年間の長きにわたった、町長リコール運動で日本中で有名になった「窪川原発反対闘争」の最中に生まれたもので、金で裏切る議員を住民が見張る目的で設置した。
住民が公約を信じて選んだ議員が住民を裏切るという犯罪の証拠を記録する「防犯カメラ」である。

今回の問責決議冤罪事件ではこの「防犯カメラ」の映像が町長、町役場、町会議員側すなわち犯人側に隠匿されているではないか。いったい四万十ケーブルテレビとはどんな会社なのだ、それを隠したまま出さない議会事務局とは一体何なんだ!
議員のMさんも、Hさんも、かつては原発反対闘争の若き闘士ではなかったか!
仲間だったろう!いったいどうしたんだ!しっかりしてくれ!

若き闘士、高知大学のシ-ルズ支部との連動の可能性が出て来たという情報あり。

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24. 四万十町負債271億円を2040年までに0にしたボケ陶芸家町長

西暦2016年2月3日(水)

朝 2:00 起床、昨日朝7:26に翻訳家からメールが届いていた。

<翻訳家からのメール>

〜武吉さんへ

実はまず、2月9日の臨時議会の議案から職員給与改正のための条例改正案がはずされたことが判明しました。
理由は、総務課長樋口氏の言い分では、「昨年秋の人事院勧告を受けて年内に国会が開かれ、国家公務員給が引き上げられるはずが、国会が1月4日にずれ込んだせいで、県の人事委員会勧告(昨年10月15日に発表された)を受けて、県議会が通常臨時議会を開くところ、尾崎知事がこれを招集せず、2月23日に開催予定の県議会定例会に議案提出する予定だとのことで、まだ、県職員の給与改正が議決されない段階で、町職員の給与改正議案を出すことはできず、県の議決後の3月定例会まで見送った。」と言うことでした。
「例年得ている情報からの想定に基づいた議案提出の意向であったが、その想定が外れた。」とのことです。

◎総務課での会話

西原:それって、慣行ですよね。単なる。情報ってどこから入るわけですか。

樋口:無言。

西原:我々は、新聞とインターネット位しか情報源はないわけですが、
   何か役所には独自の上意下達の情報網でもあるわけですか。

樋口:無言。

西原:県に準拠して、職員給与を改正しなければいけない訳じゃないでしょう。
   四万十町の独自判断ってないわけですか。

樋口:基準がないので、県の人事委員会勧告に準拠するしかないので。

西原:基準がないのであれば、今から作ったらどうですか。
   私は一般人の頃に、この町の民間給与を、この町の課税調べから作成しましたよ。情報公開制度を使って。
   一個人にできて、これほど情報が集積している役所にできない訳はないでしょう。
   やろうとしないだけだと思いますけど。

以上のような事情で、2月9日は、人権擁護委員人事の承認議案と町長専決事項(多分総額5000万円以内の公共工事で、契約終了後に議会に承認を求める議案)承認議案の二つだけとなりそうです。
高知大生には、それを伝えますが、出会って、目撃して、語ることはいいことなので傍聴を促すつもりです。

武吉さんが知りたがっている、合併前後の、負債総額、職員数、議員数頭は、調べて後日伝えますので、しばし待って下さい。

〜西原真衣

以上で翻訳者からのメール掲載終わり。
 
< 夢の記 >

昨夜の、私の見た夢を語ろう。
38年間も土佐の奥四万十でひきこもりを続けていると、脳の代償作用で多くの夢をみるようになる。
修行者の洞窟で、あるいは政治犯の独房で、あるいはニューギニア戦線の前線の泥だらけの蛸壺の中で、クリスマスケーキを食べる夢をみるようなものである。
明恵上人の「夢の記」や聖書の「エゼキエル書」のような上等のものは少ない。なにせ、所詮、代償作用なのだから・・・。

私は西暦201?年の四万十町長選に出馬していた。圧勝して誠実に選挙公約の実行に移った。
世界は今より混乱していて、政府というものも、紙幣というものも無くなっていた。
ソ連崩壊後のように、私の雀の涙の年金の支給も当然無かった。
しかし慣行で、なんとか、選挙で、誰でも良いからという理由で、今よりさらに意識が混濁した私をリーダーに選び、皆で政策という過去の慣行を復活させた。
私は虚実を現実化する作業を皆に求められた。
私は「敵の敵は味方である、虚実の虚実こそが真実である。」と民衆に語った。

その時までには年100兆倍のハイパーインフレで日本の1000兆円を超える赤字は砂上の楼閣のように消滅していた。
しかし、民衆の心は籠の扉が開いているのに外に出ない小鳥のようだった。
それで生活様式の新しい規定というものを制定して、破綻しているのに再び破綻しないようにしなければならなかったので、あの「ヨベルの年」西暦2016年に戻って円という虚実の旧通貨で旧四万十町を上杉鷹山を見習って再建しようとした。

まず西原眞衣議長に271億円の負債を2040年までに0にする「西原レポート2016」という地方創生調査特別委員会報告書の作成を依頼した。

年収40万だったボケ陶芸家町長は40歳で平成の大噴火と結婚後、25年前に○○銀行から1355万円を借りて、月々8万円を返し、25年でその倍ほどの2710万円以上を返した、すなはち、住宅ローンである。

つまり、25年かけて271億円を返すには、「西原レポート」の警告どうり、これ以上赤字を増やさないように歯止めをかけたうえで、町から月々8千万円ずつ返してゆけば(納税義務者数が6000人と計算すれば我々納税義務者1人が月々約1万3千円ずつ返してゆけば)、25年後の西暦2040年に日本の地方自治体の半数が経済破綻で消滅するなか、高知県の我が四万十町だけは、負債ゼロどころか貯金まである日本で唯一の地方自治体となる。

◎四万十町の負債額271億円というのは日本全国でどのような位置にいるのかを見てみよう。

〜以下は2011年の資料である、参考にして下さい。〜

四万十町(高知県)の地域情報 Shimantocho - 都道府県・市区町村ランキング【日本・地域番付】


によると、四万十町の住民1人あたりの借金の金額は、日本全国1.787地域中で210位、高知県内34地域中で7位である。
     首長給料は日本全国1.751地域中959位、高知県内34地域中8位である。
     大卒と短大卒と高卒の職員初任給はともに高知県内31地域で1位である。
     議員定数は高知県内22地域中2位である。(1位は高知市、3位は四万十市)

つまり、高知県内34地域で借金が7番目に多いのに、職員の初任給は最高で、町長の給料は8番目に多い。
そして議員の数も2番目に多い。

このうえさらに、町民の税金から出るのに、もう町民所得平均の2.2倍もあるのに!
このうえさらに、県人事委員会の「勧告」に従って、町職員の給料を値上げするというのか!

窪川原発建設反対闘争当時の、全国に類のない「窪川方式」に倣って、独自の生き残りへの道を切り開こうではないか。

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25. 井戸塀

西暦2016年2月4日(木) 4:00 起床

昨日は開墾3号畑がほぼ完成し、そこに植える春植えのジャガイモの種芋の種類と数量の計算をするために窪川の街に行った。
ジャガイモもサツマイモも瘦せ地のほうが美味しいので肥料代が要らない。
コメリには種類豊富に種芋が並んでいて本当に楽しい。
まさかBT毒素遺伝子組み換えじゃないだろうな?と素人っぽい店員に聞いても無駄な気がしたのでネットで調べることにして「インカのひとみ(赤)」をサンプルとして買った。
ペルーの山岳地帯には今でも「これがジャガイモか?」というような多様な色と形の原種が栽培されている。
私は原種がほしいのである。
ペルーと雲南はあこがれの地である。
前回のポールシフトの際に無傷で残った、「たったふたつの地域」という説がある。

途中、Tさんが庭先で坪庭の手入れをされているのを車窓から見かけたので車を止め、「春ジャガはいつ植えるの?」と聞くと「私は3月!」と言い「まあ、コーヒーでも飲んでいかない?」というのでお邪魔した。
登山と油絵と畑に打ち込む悠々自適の引退生活を楽しまれている。
壁に架けられた海の絵がびっくりするほど良かったので、「エーネー!」と感歎すると「まだ気に入らないので描き直すつもり。」と答えられたのに驚愕して「モーサワラレン!」と言った。
そして「コバルトブルーを使うたろう?」と問うと、画家は「・・・う、使ったわ、コバルトブルーは高いのよ!」。

海からの蒼い潮風が香り高く私の心の中まで潮騒の音とともに吹き寄せた。コーヒーも羊羹も美味しかった。
帰りに栗焼酎の「古酒」を頂いた。いい一日だった。Tさん本当にありがとう。

図書館で10冊を返却し、10冊を借りた。
個展フライヤーが棚の一番目立つ場所に置かれていたので、妻が「個展が終わりましたので回収させてもらいます、置いて頂いてありがとうございました。」と言った。
「ありがとうございます。」と受付の美しいN嬢が微笑んでくれた。

高知県立美術館では主任学芸員のMさんが毎回の個展フライヤーを保存資料の「作家ファイル」として保存してくれている。
昨年開催された四万十町立美術館収蔵作品展で、気になった未知の絵が一点あったので、この作家の資料を見せてくれと言ったが、生年月日も何も無かった。

昔、政治家と芸術家とを生んだ家は井戸と塀しか残らなかった。

昨日15:19に翻訳家からメールが届いていたので掲載させて頂く。

〜武吉さんへ

自治体の借金は、後日地方交付税で、9割近く補填されます。
「有利な起債」と呼ばれています。
国家の借金は尋常ではない増え方ですので(対GDP比先進国中1番)この言い分は、財政上のです。
公務員給与の高止まりだけでなく、政策の失敗にも大罪が潜んでいます。その辺にも、民の知見が必要です。
それは、官制の教育では賄えません。
中立性と言う歪みが、政治的配慮を見抜けなくしているからです。
比較制度学や比較政策学や、比較財政額が必要です。言い換えれば、多言語環境が必要です。
自分の中にもまだ、その知見がありません。
が、異を唱える作業は怠ってはならないと思います。
 
〜西原真衣

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26. 四万十町と磁極反転とISとTPP

西暦2016年2月5日(金) 朝 2:00 起床

最近ズーっと考えていることはネットの「In Deep」さんの、この記事のことである。

「地球は磁極のポールシフトで磁場を失うことにより、太陽風に晒され水と大気を失った火星と同じ状態を
 200年間経験するだろう」 ― NASA火星探査メイヴン計画主任| In Deep

「地球の磁極の反転がもう始まっている。」という上記の記事と、このHP四万十日報のテーマ「西原レポート」とは、かけ離れている、あるいは関係がないと思われる方もおいでると思う。
しかし私は、太陽と地球との関係が人類の存亡を決定すると思っているので、この記事をたいそう気にする。
3.11で地球の地軸がずれたことをイヌイットたちがNASAに報告したという有名な話があるが、現在、磁極までが反転しつつあるのである。
四万十町の未来を語る時、これから地球環境がどうなり、我々の穀倉地帯はどうなってゆくのかという宇宙的VISIONをまず見ようと思う。

そして次に人間社会の身近なニュースとして次のニュースを紹介する。



イラン領海で拿捕された米高速艇の謎 - trendswatcher.net


〜以下はニュース記事からの抜粋

「2隻の高速艇を拿捕後、米兵とIS幹部はFarsi島に連行され、対米交渉大臣のMajid Takht Ravanchiに連絡が入った。
 オバマ政権で対イラン交渉にあたるのは社会保障の経験しかない女性Wendy Sherman。
 彼女を通してオバマ政権はイランに対して強気の姿勢を示さずイランの判断に任せた。
 イラン側の要求は米国刑務所に服役中のイラン人捕虜7名と14名への訴追免除と交換であった 。
 米国はあっさりこれを認めた。」
この記事で、スノーデン氏が暴露した「アメリカがISを作った。」という真実の証拠がまたひとつ増えた。

TPPの主役のモンサント社はベトナム戦争での枯れ葉剤、ラウンドアップ除草剤、BT毒素トウモロコシ、牛成長ホルモン、広島、長崎の原爆の核弾頭起爆部分製造等々をしてきた、そして今やCIAと組んだ恐ろしいブラックウオーター(現アカデミ社、旧Xeサービシス、旧ブラックウオーター社)という傭兵企業のオーナーである。

上記のニュースは、イスラム国はこのブラックウオーター社から幹部と武器を得ていることの、無数にある具体的証拠のひとつである。

アメリカが有事の際には、各州の軍を統括する最高指揮権はアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁すなわち略称 FEMAが握る。
この契約を受けているのがブラックウオーター社である、FEMAはモンサントの所有するブラックウオーター社である。
こういう多国籍超巨大企業モンサント社が、オバマ大統領よりも、各国政府首脳よりも、強大な権力を持つ経済戦略・食糧戦略・裁判・・・等々を含む総合戦略機構構築こそが、TPPの本質ではなかろうか。

そして、アメリカと共に、属国として、このTPPを推進してきたのが我が日本の経団連である。
このような不幸な世界の実現が人類の福祉に良いはずがなく、世界各地で若者、農民たちによる激しい反対運動が起きているが報道されることは極めて少ない。
これを信じようと信じまいとあなたの御自由である。

四万十町の未来への希望・・・農業と畜産業と漁業と観光業・・・等々は確かに心理的に、一時的に、少なからぬ影響を受ける。そして、遺伝子組み換え作物への町全体の態度決定もすぐに必要になる。
たとえば米の価格は2014年の日本政府の抜き打ち備蓄米放出で半分に低下したとしても、アメリカ産の安い米が今後ますます輸入拡大されるにしても、農家の耕作意欲、畜産家の労働意欲が低下することはないだろう。
なぜならアメリカの穀倉地帯のカリフォルニアが7年続きの大旱魃にみまわれ、北米大陸の農業用水くみ上げにより、氷河時代に蓄えられた地下水「陸水」の枯渇等々がアメリカの農業の凋落につながっていく。
さらに磁極反転による複雑なプロセスによる異常気象で食糧増産こそが人類の緊急課題となるから。

このようなアメリカと、日本との2国が中心になって推進してきたTPPが締結されるとき、大筋合意はしたものの、詳細が不明なまま、唯一の責任者、甘利大臣が絶妙のタイミングで抜け、まさに、このとき、清原が逮捕されるのである・・・1年以上も泳がしておいて。

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27. アラーの怒り

西暦2016年2月6日(土)

朝 3:00 起床、殻付きピーナツと銀杏を煎って、コーヒーを点てる。
 
昨日は、なかなかの1日であった。
朝8時前、東京で震度4の地震あり、日月神示には「えどはさらちにするぞ」という恐ろしい予言があるのでテレビ画面に流れるニュース速報を目で追いながら体が凍り付いた。
昼間は、安倍総理が九条を改正すべきと発言したとか・・・ずっと太陽に虹の輪がかかり、夕方暗くなっても開墾作業を続け、土だらけの作業着を着替え、テレビの前まで来ると桜島の噴火のライブ映像が目に入った。
暗闇を背景に赤い溶岩が噴出、その中に雷光が見られ、美しいと見とれつつ、思わず、陶芸家特有の窯焚き中の目視で赤い溶岩の温度測定をする。
宙を舞う噴出の瞬間の液体マグマの温度は1000度。

桜島直下の川内原発でも、中央構造線上の伊方原発でも、強い地震があれば、超複雑かつ、40年間で老朽劣化した配管が簡単に破断し、冷却機能を失い,数時間で福島のような核爆発につながる、まさに安倍総理狂妄の原発再稼働である。

イスラム国に誘拐処刑されたジャーナリスト後藤健二さんの事件のとき、イスラム国の邦人人質事件が起きても自衛隊は動けない、今まさに憲法九条を廃止する絶好の機会であるという発言が自民党にあったが、26章の国際ニュースのようにイスラム国がアメリカのCIAとモンサントの所有するブラックウオーター社の周到な傭兵と武器によって生み出されたものであることが明らかになってしまった現在、後藤健二氏はアメリカのCIAによって殺害されたことになる。
日本人全体と世界が悲しみと怒りにうち震えたが、首の切断というあの残酷すぎるショッキングな事件の裏に、日本の世論誘導のいかなる目的がアメリカのCIAにあったのだろう。

2015年1月30日に後藤健二さんは殺害されたが、その後、2015年5月に安倍内閣が戦争法案を閣議決定、2015年9月19日の国会で戦争法案が凶行採決された、山本太郎が安倍総理に向かって「売国奴!」と叫び、焼香し、「自民党が死んだ日」と書いたスケッチブックを頭上に掲げたあの日である。
安倍総理は2050年頃の日本史で一体どういう言語表現で記載されることに成るのであろうか?

上記に比して、格段に、いじましい話で恐縮だが、「財政改善西原レポート」公表後、2015年9月の西原議員問責決議、12月暮れの町報での公布、正月から「個人のものは置かない」という図書館長インチキ規定変更、2月9日の臨時町議会での公務員給料値上げ議案提出と・・・上記の内容となにかシンクロニシティしてると思いません?皆さん!

今現在、磁極反転で、地球を守るシールドの役割を果たして来た地球磁場がどんどん弱くなっていっているので、皮膚ガンが増えることよりも、西から朝日がのぼることよりも、渡り鳥が絶滅することよりも、もっと大きな問題が生じている。
太陽の超巨大フレア爆発で生じた超強力な電磁パルスが、シールドの無くなった地球を直撃すると、EMP爆弾(電磁パルス爆弾)が高高度で爆発した時と同じように、それに面した、地上の電気系統もコンピューターもすべて破壊されるので、大都市機能が完全に麻痺し、巨大な空母もタンカーも動けず、旅客機もジェット戦闘機も墜落し、車もバイクも全く動かず、テレビも携帯電話も通じなくなる、その瞬間、縄文時代と同じ世界が到来する。

遠くの太陽も核融合で恒常的に爆発している巨大な水素爆弾なので、近くて小さな核爆弾であるEMP爆弾と同じ攻撃を地球に加えることになる。
まさに149,600,000キロメートル彼方から、8分後に地球に届く、まさに「アラーの怒り」である。
ただ、縄文時代と異なる問題は、世界中で現在稼働している430基の原発があること・・・。
そのアラーの神の超強力パルスに面した原発のすべてがコンピューター制御と電気系統のすべての機能を失い、冷却機能を失い、核爆発を起こし、メルトダウンし、メルトスルーしてゆく。
核戦争が無くても核戦争が起こったと同じ地球になるだろう・・・。

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28. 号外です!

西暦2016年2月6日(土)

早朝 4:18に、西原眞衣 四万十町議会議員からメールが届いた。

〜武吉さんへ
 
私にとっては、号外です。
 
昨日議会事務局に電話しました。
昨年12月7日付で全員協議会(議員だけの会議)が開催されました。最後に議会運営委員会の酒井委員長が、「来年早々に議員定数削減と報酬引き上げを議題にしたい。」と述べたので、その件はどうなっているのかと問い合わせをしたのです。
 
西原:なんか動きがありますか。
 
国沢:知りません。事務局長と酒井裕恵は、高知に行っています。
 
西原:何の要件ですか。
 
国沢:監査の関係だと思います。
 
西原:研修とかですか。
 
国沢:知りません。
 
西原:18人の議員に対して事務局職員が4人もいますよね。情報の共有って無いのですか。
 
国沢:無言。
 
西原:事務局職員の職務分担表のようなものがありますか。
 
国沢:あると思います。
 
西原:送って下さい。
 
国沢:わかりました。
 
国沢から、議長名の議会運営委員会に対する諮問書と事務局職員の事務分担表のPDFが添付されたメールが届く。
諮問書は、平成27年3月付であった。
 
国沢にメールを打つ。

西原:諮問書は、とっくに目を通しています。
   昨年末に議会運営委員会で話された件で、問い合わせたのですが、質問の意図が理解されてなかったのですか。
   事務分担表によれば、あなたの事務に会議録調整とありますが、
   議事録は作成しても、内容が頭に入ってないのでしょうか。昨年末の全員協議会の議事録に当たって下さい。
   それと、事務の中に「議会調査」とありますが、
   議会調査の定義と、具体的にどういうことをしているのかを答えて下さい。
 
国沢からメールが届く。

国沢:議員必携の38ページに議会調査の定義があり、それに基づいて実施しています。

私は、だんだん怒りがこみ上げて来ました。
定義を引用もせず、具体的に何をしているかも全く書かれていなかったからです。
第一私は、議員必携なるものを持っていません。議員必携を持っていないので、定義の引用とそれに基づく、具体的な業務内容を回答するように、国沢に対してメールを打ちました。
 
この人は、長年に渡って、責任と判断を回避する習慣を叩き込まれているがごとく振舞います。
四万十町にはこの手の女性職員が多々います。
必ず、受け答えの冒頭が、「お世話になっています。」で、しめくくりが、「宜しくお願いします。」なので、男女同権、同一労働、同一賃金がこれほど実現している公務員と言う立場で、どうも逆説的にマインドが、家父長制に先祖返りしてしまったのではないかと推測しています。
安心による退行です。目立たない、出しゃばらない、逆らわないの標本です。最悪だと思います、住民にとっては。
 
さて、「議員必携と」は、全国町村議長会なるものが編纂している、議員のための実務書です。
議員になった時にこれを買わないかと言われました。
地方自治法と六法全書と地方財政小辞典で十分だと思ったので、購入しませんでした。
事務局は、「地方議会運営実務」というものも備えています。これも編集元が、全国町村議長会です。

この議長会は、大会やブロック会が大好きで、なんでも町村議会の要望を取りまとめて、国に挙げていくための圧力団体のようなものらしいのです。
議長会の高知支部への負担金が毎年80万円です。
これとは別に高幡議長会なるものもあって、こっちは負担金60万円です。
四万十町は、高知県町村議長会へ負担金を拠出し、高知県町村議長会は、全国町村議長会へ負担金を拠出しています。
決算資料を見たところでは、総会費や印刷代、議員研修講師謝礼金、職員人件費(これが最も比率が高い)、他に旅費にも使われています。
県議会議長会というものもあり、同じ構造で、拠出金が全国組織へと積み上げられていく仕組みになっています。
市議会議長会ももちろんあります。
このように、我々は、縦割りで、分割統治されています。実にくだらないと思いませんか。
 
全国町村議長会に電話しました。
 
西原:議員必携は、何から編集されているのですか。
 
議事課サブ小西:基本的には、地方自治法です。
 
西原:議会調査の項目とかないですよ。
 
議事課サブ小西:「地方自治関係判例実例集」です。
 
西原:判例の年代は。
 
議事課サブ小西:戦前からですね。  
 
(以下議事課サブを省略)小西:それで、一体何を答えればいいのですか。
 
西原:冒頭で聞いたでしょう。議員必携の出典ですよ。
   あのね、実は事務局職員との間で、こんなやり取りがあって、(国沢とのメール応答を読み上げる)。
   この事務局職員の対応どう思いますか。
 
小西:私見を言う立場ではないですから。議長への依頼ですか。
 
西原:議長への依頼って意味不明ですけど。
 
小西:職員のことでしたら、指揮命令権が議長にありますから。
 
西原:知ってますよ。依頼しようと思えば、本人に直にしますよ。依頼しても期待できないからしないだけのことです。
   第一私は、その議長から問責決議を受けていますから。議会始まって以来のね。
 
西原:ところで、あなたの報酬は、公金から出てますよね。常に財源を辿っているので、知っているのです。
 
小西:それは、知っています。
 
西原:私の報酬も公金から出ています。公金を報酬として受け取っている人間はすべからく、自分の仕事の結果が、
   果たして公のためになっているかどうかを知り、検証する義務があるんじゃないんですか。
 
小西:無言。
 
西原:あなた方が作っている「議員必携」と「地方議会運営実務」を何かと引き合いに出すあの議会は、
   私に問責決議を突き付けました。
   問責決議に対して議長宛てに出した公開質問状3通を、
   武吉さんという陶芸家の方が、自身のHPで公開してくれているので、是非読んで下さいよ、小西さん。
 
小西:読みます。(検索方法を聞く。)
   ー(補記:武吉廣和/19章に公開質問状2と3が、20章に公開質問状1を掲載させて頂いている。)   

以上です。
 
それにしても、戦前からの判例集とは、なんか、姿を変えた旧内務省ですね。
ところで、GHQが戦後内務省の解体に躍起になっている隙を突いて、密かに生き延びることに成功したたのが、文部省だそうです。その旧弊が未だに、教育長連絡協議会、教育相談員連絡協議会、社会体育委員連絡協議会とかに残っています。
上からの命令指揮が、「通知」と言う形で、密かになされている
 
そうです。(「教育委員会」岩波新書 新宗兼人著)恐らく、地方議会も、子供のように、教育し、訓練し、調教するものでしかないのです。   

〜西原真衣
 
これを読んで、特に最後の5行は私(武吉廣和)には重要であった、この15年間、子供のいじめをきっかけに、縄文土器作りで、10年間、学校に入っていって、「現状維持」という教育委員会の言葉での、どす黒いような不可解な排除の壁を肌で感じて来たが、今回のこのメールで、目から鱗が落ちる思いで精読させて頂いた。西原さん本当にありがとう。

西原眞衣議員は「そうでなければただのひと!」である。
四万十町には過ぎた人物である


*後記 
 何が重要な号外なのか読んでもよく分からないので、翻訳家の「号外」の翻訳をボケ陶芸家が試みます。

昨年12月7日に町役場職員と議員の給料値上げをチェックする町議会議員の責任者の酒井祥成(さかいよしなり)議員が「来年早々に議員定数削減と報酬引き上げを議題にしたい。」と言った。

昨日2月5日(金)に町役場の議会事務局に電話して「なんか動きがありますか?」と聞いた。

役場の宮地正人 議会事務局局長と酒井裕恵局員が高知に行っていることが分かった。
しかし、つんぼさじきに置かれたような対応ぶりに不審感を感じた。

西原:「国沢さん『議会調査』があなたの仕事でしょ。なぜ「宮地さんと酒井さんが高知に行った職務内容を知りませんと、
   何故とぼけるのですか?『議会調査』の定義を教えてください。」

国沢:「議員必携」の38ページに書かれている『議会調査』の定義に基づいて仕事をしています。

西原:「議員必携」を買っていないので持っていないの、それで『議会調査』って何て書いているの?

〜とうとう分からずじまい。

さて、全国町村議長会が編纂した「議員必携」とは議員のための実務書で、「地方議会運営実務」は町役場の議会事務局のための実務書である。
全国町村議長会の小西さんに電話して聞くと「議員必携」は「戦前からの地方自治関係判例実例集」と分かった。
国沢さんの「知らない」という対応に指揮命令権を行使できるのは橋本保町議会議長であることが分かった。
つまり国沢さんに口止めできる人は橋本保議長ということになる。
そして橋本保議長から文句を言ってもらおうにも、西原議員は橋本議長から問責決議を受けている、議会始まって以来の・・・という「ツンボサジキの構図」がはっきりしたことが号外なのではなかろうか・・・。

今回もツンボサジキにしなければならない理由を考えると、2月9日(火)には西原議員辞職勧告の緊急動議が出されそうに思うのは私だけだろうか。 ややこしいことである。

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29. 世界恐慌か?顕正新聞からの抜粋

西暦2016年2月8日(月)

朝?2:00起床、コーヒーを点てる、朝食は塩と胡椒で炒めた鹿の長い頚肉、もも肉よりも美味しい 。

5年前、中・高校の同級生が帯屋町のK画廊での個展会場にやってきた。
日蓮宗系の宗教団体「顕正会」に入会しないかという勧誘だった。
私のところにやってきた理由は「こうない坂医院の森田くんのところにいったら、これなら武吉のところへ行け。」と言われてやってきたというのだ。
森田は正解だった、わたしはエホバの証人とも40年来親しいし、カトリックの人ともプロテスタントの信仰の人とも、仏教系の人とも、修験道、天理教、救世教、神慈秀明会、等々の神道系の人とも親しい。
共産党の方々とも高知美術家九条の会で共闘し、勝手に格差是正の宗教人と思って尊敬している。
幸福の科学の社長さんには大壺を買ってもらった。

〜今日は、一昨日ポストに届いた顕正新聞(2月5日号)から抜粋して掲載させて頂く。
 信徒180万人の今や破竹の勢いの顕正会の顕正新聞は歯に衣着せぬ現状分析力が群を抜く。

今年は年初から、世界同時株安が始まった。これは世界恐慌の始まりであります。
日本の東証株価をみても、1月4日の大発会から8日までの5日間、連続下げ続けた。これだけでも終戦以来始めてのことです。
さらに21日までの13日間を見ると、上げたのはわずか2日だけ。下げ幅は3000円を超えた。
この間、政府は年金積立金を市場に投入し、日銀もETFで株を買い相場を支えようとしたが、効果はなかった・・・。

2008年、リーマンショックというアメリカ発の金融危機で世界経済が底割れしそうになった。
このとき、中国は50兆円以上、アメリカは470兆円、他の主要国もそれぞれ財政支出をしてなんとか切り抜けた。
そして世界中が借金まみれになった。
ちなみに、1971年以降、世界各国の中央銀行が発行している紙幣は、すべて不換紙幣で、正貨である「金」と引き換える義務がない紙幣で、いくらでも印刷できる。
金兌換の裏付けのない紙幣だから、もしその国が財政破綻したら、政府の保証が無くなり、ただの紙切れになってしまう。

その政府を運営しているのは責任感のない腐敗した政治家です。
国家破産の一本道とわかっていながら、異次元金融緩和などを平然とやり紙幣を刷りまくり国民を騙して麻薬を飲ませる。
日本だけではなく、アメリカも、中国も、EUも同じようなものです。今ちょうど膨らみきった風船のようになっている。
そこのところに、アメリカが出口を探して金融引き締めを昨年12月に始めた、10年間のゼロ金利をやめ、0.25パーセント上げた。この利上げを起点として、中国経済の減速と原油暴落が共振して、今回の世界同時株安が起きたのです。

<止まらぬ原油暴落>

サウジアラビアは減産しないし、アメリカもシェールオイルで産油国になったし、経済制裁を解かれたイランも輸出を始めようとしている。だから供給過剰になる。
一方、需要は中国経済の落ち込みで減っている。そこで原油価格の暴落が止まらないのです。
2014年7月現在で1バーレル103ドルだったのが、今は26ドル前後にまで下落してしまった。
減産すればいいのに、互いに相手国を潰すまで進むというチキンレースになっている。

そのため、世界一の産油国で大金持ちだったサウジアラビアですら財政赤字で、保有する大量の株を売るようになった。
さらに国債発行までするようになった。
今後、もし、原油価格が20ドルを下回るようになれば、アメリカのシェールオイル産業はすべて壊滅するといわれる。
これらの産業は格付けの低い債券発行により資金調達をしているから、もしこれが焦げ付いたら、リーマンショックの引き金になったサブプライムローン焦げ付き以上の、パニック的な金融危機が発生すると言われている。

〜以上で顕正新聞からの抜粋は終わりです。

このような今、現在の世界大恐慌直前の今をふまえての、ことの分かった議員の方々への私からの提案ですが、議会始まって以来という西原眞衣議員への問責決議を撤回し、西原眞衣議員の名誉というものを回復し、それから、分かりやすい財政改善策の「西原レポート」を説明していただき、しかる後「借金だらけの会社で従業員の給料を上げるような県人事委員会の給料値上げ勧告」を2月9日(火)の臨時議会で否決していただきたい。

<名古屋市の河村たかし市長の戦い>


前章28章の冒頭で、2016年2月5日(金)に西原議員が電話で役場の議会事務局に電話して、「昨年12月7日に(議会運営委員会委員長の酒井議員が) 来年早々に議員定数削減と報酬引き上げを議題にしたい。」との以後の動きの問い合わせをして「同日、宮地正人議会事務局局長と酒井祥成議員が高知に行ったその職務内容が知らされない。」ことを号外と感じたとしたら、もしかして・・・と、以下の同じ2月5日(金)の朝日新聞の「名古屋市での議員削減と報酬引き上げ」の記事がネットで目についたので掲載させていただく。
これもシンクロ二シティかも・・・名古屋市の河村たかし市長は議員報酬の廃止を訴えて戦っている。

名古屋市議会の自民、民主、公明3会派が、議員定数を75から7減する一方、ほぼ半減されている報酬を引き上げるため、本来の報酬に比べて15%減とする案を2月定例会に共同提案する見通しとなった。西暦2016年2月5日(金)の議会改革推進協議会で3会派の意見がそろった。

自民公3会派は計50議席で半数を上回る。
3会派案では、定数削減は次期市議選から、報酬引き上げは先行し4月から適用。
年445万円の期末手当は15%減の対象から外れるため、年間報酬は800万円から1,455万円に増える。

市議報酬は本来は年約1,630万円だが、河村たかし市長が代表の地域政党・減税日本の躍進で、市長の公約をふまえ2011年5月から特例条例で「当分の間」年800万円に半減された。
だが、昨年の市議選で減税は12議席にとどまる一方、報酬見直しを掲げた自民公3会派が圧勝し今回の共同提案につながった。

市議会事務局によると、3会派案の15%減は、名古屋、横浜、京都、大阪、神戸の5大都市では大阪市の12%減を上回り最大。
定数の削減率は、かつて地方自治法にあった上限基準を参考にすると20政令指定市で最大だという。

報酬半減の恒久化が持論の河村市長は「報酬を上げるなら議会に必要性の立証責任がある」と牽制(けんせい)。
ただ、3会派は市議会の議決に市長が異を唱えても再議決できる3分の2の勢力を占めている。(嶋田圭一郎)

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最終章. もう、おまえの乗る舟ではない!

西暦2016年2月10日(水) 朝 7:00 起床

昨日の四万十町議会の傍聴は本当に本当に面白かった。
59億円?のゴミ(クリーンセンター銀河)・屎尿処理場(若井グリーンセンター)の10年長期契約締結採決の場面では「意義あり!こんな議論の打ち切り方はないだろう!」と議員でもないのに傍聴席から叫び出したい気持ちを抑えるのに必死だった。
「白熱の議論の積み重ねで四万十町の未来を考える議会」ではなく、もう「仲のいいお仲間」になっている。
とくに「今までのルールだから、発言の・・・まとめて3度だけ・・・」という橋本保議長の言葉には唖然とした。
田植え時にはまだまだ早いのに、どうしてこんな重要な案件の議論をさっさと終わらせて帰っちゃうの?・・・である。

傍聴席に入る前、住所、名前、年齢を書き、案件コピーを貰おうとしたら、持ち帰りの場合は有料ですと係のお嬢さんが言ったので、「いくらなの?」というと「コピーの枚数によって違います。」と言って走って去っていったきりになってしまったので、自分の走り書きのメモでこれを書いている。よって、正確であるとは言えない。

平成27年(去年)から平成37年までの10年間、支出59億円で?ゴミ焼却(クリーンセンター銀河)・屎尿処理(若井川グリーンセンター)施設の管理運営権?を荏原(えばら)環境プラント・日立造船特別共同企業体に丸投げ?するような超重要案件を、岩井優之介議員のゴミ分別不徹底問題、下請けによる不安問題の軽い質疑から、下元昇議員のこまごました経費負担の質問、酒井祥成議員の3社から1社になった経緯の不明を言うだけで、認知症ぎみの私にはわりと漠然と思える質問だけで、西原議員のさらなる質疑を、一旦休憩にして「今までのルールだから」と謎の言葉で遮って、西原議員は「そうでした、忘れていました」と謝罪、休息が終わったその直後、採決した。
岩井議員以外は全員起立して、あっさり可決した。59億円の案件が、たったの50分程度で終わったと思う。

直近にあるとされ、毎日、毎日、備えと、対策の重要性が報道される南海大地震が起これば当然、東北大震災同様、膨大な瓦礫が発生する、そして福島原発爆発で8割の放射能が地球の自転作用で東南東の海上に落下したと同様、配管老朽の伊方原発にもしものことがあれば、風下直下60キロから70キロの四万十町は放射能ブルームの8割の通り道になるし、不運にも雨とともに落下したら我が穀倉地帯は強烈な放射能汚染地域になり、当然膨大な量の放射性ゴミが発生する。

こんな重要な予測など皆無の議論で「なんでこんな議論以前のプロセスであっさり可決?」というショッキングな風景であった。今現在,耐用年数3年の黒い袋に詰められた膨大な放射性ゴミは東北から関東まで始末がつかずそのまま放置され、破れたり、台風で流されたりで更なる問題になっている。

1991年12月のソ連崩壊以来、一極支配してきた超大国アメリカの凋落、中国の台頭、アメリカ、日本を含めた世界各国のデフォルト、世界大恐慌、という経済の地殻変動の時代、磁極反転、そして地震国の火山列島の日本列島が黒い墨を吐く巨大なイカのように泳ぎ出す時代に、天下泰平だった時代の「今までずっとやってきたルールだから!」は通じないのではないか。

今朝は、2月10日(水)で、1月9日(土)の四万十町立美術館からの電話以来、今日で丁度一ヶ月になる。
一ヶ月ぶりで朝寝坊してしまった。
明け方の夢で1月10日の朝方に聞いた、例の声がした。

「もう、おまえの乗る舟ではない!」

今日は,天気もいいし、暖冬で3月の春のようにすくすく伸びたスナックエンドウの支柱を立てよう。

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ツイッター始めました! 「陶芸家 武吉廣和」
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